遊郭で高人さんを見つけました。番外編3
准太さんは花房に居るようだ。じゃあ、あっちに連れて行かれた男は死ぬより酷い地獄を見る事になる。
准太さんと綾木の初対面だが、出来れば仲良くして欲しいと心の底から願った。
降っていた雨は降り止み、どんよりと空を占領していた雨雲が薄くなっていく。
やって来たのは遊郭地区の裏路地。悪辣の掃き溜め。
ここでは目が合えば殴りかかってくるような猿ばかりだ。表には出てこないコイツらは仕事をするにも盗みや殺しなど裏の仕事ばかりでそっちの噂話や事情にも詳しい。是非ともお話を伺いたいと思いやって来たのだ。
後ろに付き従うのは3人の綾木の部下だ。かれこれ2ヶ月弱、綾木の下で働いていたが見た事ない連中だった。
綾木さんと同じくらいの背丈で始終笑顔の康太。
俺と同じ背丈で女顔の太助。
仏頂面でガタイのいい勇。
名前を聞いておかないと連携取りづらいので先程軽くし自己紹介した。無駄口は一切なく、本当に呉服屋の従業員かと言いたくなるほど、隙がない。
綾木さんちの諜報員すげぇな。俺のこともバレてそーだわ。
それでも何も言わずに俺を使ってくれている綾木の信頼には答えたい。
「郷に入っては郷に従えってね。では皆さん。静かに情報収集しましょう。拳でお喋りしたい人には死なない程度でお願いしまぁす。…行ってください。」
それぞれ散り散りになり、俺もまた路地裏に入って行った。
少し歩くとすぐに獲物が見つかる。
「お、ごろつきみっけ。」
「あ?なんだとガキ!!」
案の定殴りかかってくる男の拳をひょいっと避けて、伸び切った腕を掴みグリッと捻る。
「いででで!離せ!ガキ!」
「まぁたガキ扱い?ねぇ伸びると思います?俺の身長…。はぁ。結構気にしてるんスよ?」
軽く内側に捻り込めば、男は大袈裟に叫びだす。
「いだだだっ離せガキが!!」
「ほら暴れないで。どんどん曲がらない方向に腕が向いてっちゃいますよー?俺の質問に答えてくれるなら離しますけど、どうします?」
「いでで!分かった!!なんだよ!わぁったから離せ!」
「物分かりが良くて助かります⭐︎」
ぱっと手を離すと男は崩れ落ちる。
「いってぇ、なんだよ。」
「あのぉ、遊郭の連続拉致事件について知ってます?あと、最近この辺で連れ去りとか見てませんかぁ?」
俺はにっこりと本題に入った。
1人目にしてアタリ。
まず千早は、ここからそう離れていない成金野郎の家に監禁されてるらしい事がわかった。どうも拉致事件とは関連が無いみたいで、拍子抜けしてしまう。
「とりあえず行って…ん?」
裏路地から微かに見える空を、見覚えのある小鳥が飛んでいた。
「あ、やば。」
俺は鳥笛を取り出すと、一気に空気を送り込む。
ピィ――ィ!!という人の耳では聞き取りにくい甲高い音が鳴り響くと、小鳥はスィーっとこちらに降りてくる。手を差し出すと、その手に降り立った。
「やあ、久しぶりだね。ご苦労様。」
小鳥の足についた通信筒から手紙を取ると、空へ返した。
准太さんからの伝書だ。
――――――――――――
夜霧が攫われた。先に誘拐された千早を探して巻き込まれたものと思われる。
――――――――――――
これだけだ。
「探してんのバレバレだな」
あははと笑う。
まぁ、いっか。
散開していた康太らの報告で、正解な屋敷の場所も分かり、夜霧が同じ場所に連れて行かれた事も分かった。まだ昼を少し過ぎたあたりだ。何か行動を起こすとすれば、あちらさんも夜に紛れてだろう。
誘拐された夜霧と千早の安否だけでも知りたい。
「ここから別れます。勇太さんは綾木さんに報告をお願いします。残り3人で屋敷の調査に入ります。その旨も綾木さんにお伝えください。」
勇太は頷くと花房屋へと向かい、俺達は屋敷へと向かう。
東家より少し奥、海の松林を抜けた先にその屋敷はあった。
さてさて。どうやって入ろうかなぁ。
ぐるりと塀の外から周りを見て回る。それなりに年期の入った家屋は、見える場所だけでもそれなりに傷んでいるようだ。
俺は持ってきた風呂敷包みを開ける。大工の半被に股引といった服を取り出す。
「じゃーん!康太さんはお頭で、俺は見習いです。太助さんは風呂場の近くで待っていてください。あそこの煙突の下かな。一芝居打ちましょう。」
太助は頷くと、ひょいっと壁を登り中に屋敷の内側に入っていく。
俺と康太は着替えて腰に工具入れを結ぶと、表門から堂々と声をかけた。
「御免くださーい。」
「はぁーい。あら、どちらさまで。」
「ご連絡貰った修理屋です。屋根裏の修理に伺いました。ネズミやらイタチやら入り込みやすいんで大変だったでしょう?すぐ直しちゃいますんで。」
康太が笑顔で俺に言われた通りの適当な事を言う。しかしそれは的を射っていたようで納得したように、女主人らしき人が頷く。
「あらあら、そうでしたか。確かに最近煩いんですよ。お手伝いさんが呼んでくれていたのね。どうぞお入りください。」
俺は静かに後ろをついて行った。
「では、風呂場から屋根裏に上がります。奥さんは外で待っててください。埃かぶっちまうんで。」
康太はそう言うと、天井板を外す俺を見てまた女主人を見た。
「そうですか、ではよろしくお願いしますね。」
「終わったら声掛けますんで―。」
康太は一礼して女主人を見送った後、ちらりと俺をみる。
「成宮さん、無茶が過ぎますよ…。失敗したらどうする気だったんですか?」
小声で言う康太に、俺も小声で返す。
「しーっ聞かれちゃいます。」
俺は着物を脱ぎながら風呂の窓を開けると、そこには太助が居た。
「太助はこれを着て。んで、出る時は康太と正面から出てください。俺は屋根裏で機会を伺います。」
入ってきた太助に着ていたものを渡し自分は太助の着物を借りて襷で袖を留める。
適当にタンタン、トントン。と太助と康太が屋根裏の作業を簡単ながら実行すると、終わりましたと挨拶をして出て行った。
俺は屋根裏の梁の上を進む。すると、下から話し声か声が聞こえてきた。
『――…ああ、そうだな…。女達は北の座敷牢で仲良く寝ているよ。』
あの2人の話だ。無事らしい。良かった。
『分かっているのだろうな。南蛮へ売る女を攫うよ言ってあったはずだが。日本の女は高値で買い手も付きやすい。』
『夜霧はワシのものだ。女の方はくれてやる。明日夜明け前に玄関前に突き出しておく。勝手に持って行けば良い。』
『その夜霧とは男娼だろう?そんな趣味があったとはな。』
『ははは。あれは女だの男だのという枠を超えた艶めかしさがある。見ればお前にも分かろう。あれの為に北の部屋を牢屋に作り替えたくらいだ。』
『おお、機会があれば試させてくれ。』
『では後日場を設けよう。愉しもうではないか!』
ご満悦の笑い声に、もう1人は期待するように笑う。
なにが楽しいんスかねぇ…。人を物の様に…。ゲスの考えはわかんねぇな。
千早に残された時間は夜明けまで。そして連続誘拐にも繋がった。
出来れば、このまま屋根裏も繋がってれば楽なんだけどなぁ…。足音を一切立てず、北の方へ移動する。
すると、板の隙間から灯りと牢屋が見えた。
見つけた…。まだ寝ているみたいだ。俺1人でここから2人を連れ出すのは不可能だ。事を荒立てて2人に危険が及ぶのも良くない。機会を待つしかない。
暫くして起きた夜霧はフラフラとしていた。薬を嗅がされただけであんなになるものだろうか…。
元々体調が悪かったのかもしれない。
隙間からチラリと見えるだけなのであまり良くわからないけれど。
また暫くすると、男の声がして、夜霧と話し始める。
もし、オッサンがどちらかに手を出す様なマネをするなら多少手荒な真似をしてでも助け出す。それまではここで見守る。
しかし、さすが接客業のプロだ。夜霧は酒で潰す流れを作って男を気持ちよく酔わせていった。
はは。こうやって遊郭に通う男どもは乗せられ酒代をごっそり巻上げるのだろう。准太さんもこの人に毎夜毎夜通っては湯水のように金を落としてきている。あの人はそれ以上に稼いでいるから気にもならないみたいだけど。普通なら一回で懲りるかハマって破滅するかだ。綾木さんも准太さんも人に惚れるなぁと苦笑する。
『…やれやれ、やっとか』
夜霧の疲れた声が聞こえてくる。
ん、オッサンは寝たのか。
夜霧は千早を助けているようだ。単独逃げ出しては危険なのでそろそろ登場してもいいかな?
カタカタと板を外して、部屋に顔を出す。数時間ぶりにカビの匂いから解放された。
「ぷはぁー!やーっと顔出せたっす!」
夜霧はビクリと驚いたようであったが、すぐに何かを思い出したようだ。
「あ、おまえ、チュン太のとこの…なんで天井なんかに」
驚いた。俺と夜霧に面識は無かった。強いて言うならば、初めて花房で宴をした時に食事だけしてさっさと帰った時くらいだ。それを覚えていたのだとしたら、この人は本当に隅々にまで気を配っていたのだなと感心した。
「あー、今は綾木さんのどこで働いてます。成宮っス!」
にっこり笑うと床にストンと飛び降りる。
「綾木さんと准太さんに頼まれて、偵察に来たんすけど、いやぁ、お見事でした。おっさんが粗相しそうになったら飛び込もうと思ってたんすけど、そんな必要無かったっスね。」
チラッとオッサンを見ると涎を垂らして気持ちよさそうに眠っている。
「チュン太と綾木はもうここを突き止めたのか?」
目を丸くする夜霧ににこりと笑う。
「はいっス。もうすぐ来られると思うっスよ。多分、准太さん1人で来るんじゃないっすかね」
あの人、普通に万能兵器なんだよなぁ。馬術も剣術も柔術も人並み以上だ。海外渡航も仕事上よくあるので身を守る為の戦闘術には長けている。
「1人って、大丈夫なのか?」
「心配ないっすよ。取り巻き連れた方が邪魔になるから。」
心配する夜霧を笑顔で安心させる。
「なら、成宮くん、千早を先に連れて行ってくれないか。騒動には巻き込みたくないんだ。」
「いいっすけど、夜霧さんはどうするんスか?」
「俺は、まぁ、これが取れないんだ。鍵を探しながらチュン太が来るの待ってるよ。」
足枷を見せて困った様に笑う夜霧の顔をじっと見つめる。顔色が良くない。無茶しすぎだ。
「どうした?」
「いえ、准太さんが心配していたんで、あまりご無理はされない様にして下さいね。」
夜霧は少し驚いた顔をしていたが何も言わず、千早と別れ際に話をすると、そのまま俺達を見送った。
「さて、ここ出るっスよ。」
「う、うん。」
幸い扉の先に人の気配は無い。この悪趣味な座敷牢以外は普通の旧家なのだ。皆もう夢の中だ。
走って屋敷の外に出ると、康太と太助が待っていた。
「成宮さん、大丈夫でしたか?」
「はい。もうすぐ東谷様が来るでしょうから、そうしたら我々は一度引きます。千早は花房に帰ろうな。」
にこりと千早に笑いかける。
「高人は大丈夫なの??」
「たか…ああ、夜霧さんか、大丈夫。オッサン寝てるし。」
「そっかぁ。」
千早はほっとした様に言う。
「あと、千早に頼みがあるんだけど、いい?」
俺がそう言うと、千早はきょとんとしている。
「俺がを花魁みたいにしてくれない?」
にししっとイタズラっぽく笑った。
千早が攫われる先は、海外に遊女を売り飛ばしていた組織だ。なら潜入して居場所を突き止めなくてはいけない。突き止めてしまえば後は准太さんに報告すれば何とでもなるだろう。連れて行って貰うための変装をしたかった。
千早には、康太と太助と共に屋根裏で聞いた話をしていたので、俺を心配しながらも承諾してくれた。
しばらくすると、准太さんが馬で屋敷までやってくる。やはり1人で来ていた。
「東谷様」
「状況を教えてください。」
准太さんは、馬を止めて降りて話を聞いてくる。
俺はなるべく他人行儀に話す。
「北側の一角が座敷牢になっています。中で誘拐犯は寝ていますが、夜霧さんは足枷が付いており脱出が出来ないと言われ…。私なら外せたのですが…先に、というご希望でしたので…。こちらをお持ちください。」
俺は懐から小さな工具袋を取り出すと准太さんに渡す。鍵を開ける道具だ。
「ありがとう。では後は頼みます。」
「お任せ下さい。」
深々と頭を下げると、綾木の部下たちも頭を下げてくれる。
となりに待たされいる馬を見ると、全速力で走らされたのだろう。フゥフゥと荒く息をしている。そんな馬の鼻をポンポンと撫でてやる。
春花も大変だなぁ。お疲れさん。
「では、一度、呉服屋に戻りましょう。千早、頼むね」
「わかったわ。」
康太が千早を抱き上げてくれ、呉服屋へと戻った。
「おかえり…って、ぼろぼろだなお前ら。」
綾木が、苦笑して迎えてくれる。できるだけ早く!と思い走って帰ってきたので俺も康太も太助もハァハァと息を切らし、上り口で座り込む。唯一抱かれていた千早だけが元気だ。
「綾木さ…すみません、ちょっと俺…風呂入ってきます…」
「は?あ、あぁ。…康太、何があったんだ?」
フラフラと俺は風呂場に行く。その間に康太が現状を説明してくれていた。
帰り道、走りながら千早と話したのだ。花魁ぽくするにはどうすればいいかと、
『綺麗に着飾るには、まずはお風呂よ!でないと白粉も乗らないでしょう?』
『はぁ??これから入らなきゃダメっスか?!』
『当たり前よ!帰ったらすぐにお風呂へ行って!』
以上が千早からの指示だ。
「あーめんどいっス!」
ざばぁ!っと湯をかぶり、埃まみれの身体と髪を洗う。
スッキリして上がると、綾木がニヤニヤしながら立っている。
「オラ、行くぞ。着物選んでやる。」
綾木さんが楽しそうだ。
「元気ッスね、夜霧さんはいいんスか?」
「いいんだよ。東谷が居るからな。」
少し寂しそうに笑う綾木に少しだけ胸が痛んだ。今はそれどころじゃ無いので、綾木についていく。仕立て終わった着物がずらりと並ぶ。
「そーだねぇー明るくて?元気で…人のこと小馬鹿にしてる感じで…?」
「ちょっとなんスかそれ!俺、綾木さんバカにした事なんて無いッスよ?!」
「うるせーなぁ。選んでやってんだから静かにしとけ。」
俺はムスッと黙って待つ。
すっと合わせられたのは、真っ赤な生地に金色で縁取られた白い鞠と鮮やかな花々が咲き乱れる打掛。綾木が俺に選んでくれた。
「いいんじゃね?」
綾木さんが、ふっと笑う。初めて見る笑い方で、ドキッとしてしまう。いや…ドキッてなんだ…。
「下は薄桜の花小紋にしよう。ほれ。」
渡されて、首を傾げる俺。
「あの。着れないっス…。」
「はぁー。お前何ヶ月呉服屋で働いてんだよ…。覚えろよ?」
「はぁい。」
しょんぼりして、綾木に選んでもらったものを渡す。
「腰巻きと襦袢をして固定…、足袋履け…。次が比翼仕立て間着、…腕上げろ。」
さっさっとお端折りをして伊達締めで腹回りを締められる。
「うっぅー綾木さぁんまだ着るんですかぁ?息苦しい…」
「きっついだろ?遊女ってのは大変なんだよ。伊達襟は要らんか。そこまで見てねーだろ。帯巻くぞ。」
長く太い帯の端を肩にひっかけ器用に巻いていく。
「まな板帯は邪魔になるだろうから、前で帯を可愛らしく結ってやる。」
ぎゅっぎゅぅぅと帯を締められ苦しくてたまらない。
綾木は楽しそうだが俺は楽しくない。
「綾木さぁん…勘弁してくださいぃー。」
「できたぞ。あと打掛羽織れば完全だ。化粧してもらってこい。」
ばしっと尻を叩かれて、居間へ向かう。
従業員が集まってやんややんやと賑やかやに話していたのが、俺の登場でピタリ止まる。
「馬子にも衣装ね。」
千早がそう言うと、みんなが頷く。
「ったくもぉ…。千早、化粧お願いっス。」
「髪はどうする?」
「いいもんあるぞ。」
綾木が何やら毛の束のついた髪飾りのような物を持っている。
「自分の髪を長く見せる装飾品だ。」
綾木が俺の髪を梳くと、何かをすっと差し込み櫛のように固定する。すると、可愛いおかっぱ頭が出来上がった。
「おー、いいんじゃね?可愛いじゃねーか。」
綾木は嬉しそうに笑っている。
「髪は横で結いましょ!次は白粉と紅ね。」
なんだか分からないままに完璧な女装が完成する。
「やっぱりまな板帯つけるか。絶対似合うぞ。」
真剣に俺を眺めながら迷う綾木。
「いやもういいっスから!!時間ねぇから!」
可愛い可愛いと言われて複雑な心境だ。
「は、きっつ…千早いつもこんな着物着てるの?すげぇな…」
「でしょ?私達は遊女でも格式の高い花魁だから、苦しくても、重くても、涼しい顔で居なくちゃいけない。誇りを持って華であり続ける。お客様に夢をお売りするためにね。って、私の大好きな人の受け売りなんだけど。」
にこりと笑う千早。綾木は少し驚いたような顔をし、ふっと穏やかに目を伏せる。そして、真剣な目で全員を見つめ話し始めた。
「そんじゃ、これからの予定だ。皆悪いが恐らく今日は寝ずの作業だ。昼の店は表番に任せる。裏番は例外なく参加。」
ああ、みんなもう事情知ってここに居るのか。
表番は呉服屋従業員、裏番は質屋とその他の従業員だ。いまここに居るの裏番と数名の表番。
「長らく遊郭で誘拐事件を起こしていた連中がようやく尻尾を出した。成宮が囮役、本拠地まで案内させた後、侵入し全員始末して成宮を回収して引き上げだ。
誰のシマで好き勝手してんのか思い知らせてやれ。」
裏番の怖い顔のお兄さん達は刀やら短刀やらを手にして、悪い笑みを浮かべている。
「んじゃ、行くぞ。」
俺の手を掴み表へ向かう。
「え?」
「えじゃねーよ。屋敷案内しろ。」
「馬準備出来ました。」
表番の男がニコリと笑って店の前で笑う。周りには数頭の鞍を乗せた馬。
「そんなんじゃ歩けねぇだろ。行くぞ。」
綾木に黒の外套を着せられる。みんな同じ様に外套を着ていた。綾木もまた同じものを着込む。
そんな具合で、俺は綾木の操る馬に横座りに乗せられる。その後ろに綾木も乗り、俺を抱く形で手綱を握る。
「行ってくる。留守中頼んだぞ。」
綾木が言うと、表番はみなにこにこと笑いながら頭を下げる。
「「いってらっしゃいませ。」」
「気をつけてね」
千早も少し心配そうだが、笑って見送ってくれた。
「綾木さん、あの、これはちょと…」
「夜明けまで時間が無い。黙ってねーと舌噛むぞ」
綾木が馬を走らせると、振動で落ちそうなりぎゅっと抱き付いた。
あー!何だよこれ〜〜〜!
心臓が煩い。こんなに人に密着した事が初めてで困惑する。いやいや。これは馬の振動のせいだ。そうに決まってる。顔が熱い!恥ずかしすぎてしぬ!!
屋敷の近くに来ると、近づく前に裏番達を散開させ、綾木と康太の乗る馬だけが屋敷の表に残った。
「着いたぞ…おい、なんだよ。怖かったのか?」
抱きついて顔を見せない俺の顔を覗き込む。
チラリと綾木を見た涙目の俺と目が合うと、驚いたような顔をする。
「はぁ――。おい、冗談じゃねーぞ。」
顔を片手で覆い大きくため息をついた。
「ほれ、泣くな。あ、泣いてた方が臨場感あるか。」
「なんスかそれ!」
ムスッとする俺に綾木はニヤリと笑うと、俺の外套を脱がして門の前に降ろす。
「仕事してこい。怪我すんなよ。」
ポンポンと頭を撫でられると、そのまま闇の中に消えてしまう。
周りを見渡すと、門の前に居た准太さんの馬は居なくなっていた。
「准太さんは、流石に帰ったか。もう朝になるもんな」
海の向こうから朝日が昇り始める。
ふと、ガタガタと音がする。朝も早くから馬車がこちらに向かってくる。
『いい?あんた男だから絶対声出しちゃだめよ。すぐ気づかれちゃう。肩は落として、目線を下にして袖で口元を隠して怯えた風を装ってね。』
千早に言われた事を思い出し言われた通りにする。
程なくして馬車が目の前で止まった。
扉が開いた瞬間、頭から麻袋を被せられる。
「……っ」
声はダメだ。せっかく綺麗にしてもらったのに台無しじゃないか。抱えらて馬車に乗せられ、麻袋ごと押さえつけられると、口と鼻を覆い薬を嗅がされる。
くそっ…意識が…っ
「おい!起きろ!」
ザバァ!っと水を浴びせられる。その不快さで目を覚ます。
「ぅ…っ…つぅ…」
頭が痛い、起き上がろうとすると腕が後ろ手に拘束されていると知る。髪も短髪のいつもの髪型だ。
なんだ…もうバレたのか…。見上げると、いかにもからの悪そうな男が数人。ポタポタと落ちる水滴で視界が悪い。
木製の牢に石の床。船じゃない。地下なのだろう。周りには沢山の同じ牢があり、中には数人の女性達が見てとれる。
見つけた…。本拠地だ。後は綾木さん達が何とかしてくるだろう。
「ったくよぉ、伊東の旦那から連絡あった時は驚いたが、よくも遊女を逃してくれたな。」
伊東って、あの旧家か…准太さん殺さなかったのか。
あの人ならあの場に居るやつら全員斬り捨ててくると思ったんだけど、丸くなったなぁ。
おかげで、俺がちょっぴりピンチですよ。
下を向き目を合わせない。
「……。」
「ああ?だんまりか?お前1人でやった事じゃねーだろう。大元はどこだァ?」
着物の襟を鷲掴みにされ、ぐいっと上を向かせられる。
「……。」
胸ぐらを掴む男をじっと見据える。
「ガキのくせに肝が据わってんな。」
バシィッ!と音を立てて頬を叩かれる。痛いけど、それだけだ。何も言わない。喋らない。
「は。いいじゃねぇか。その忠誠心は買ってやる。だがな、俺らも仕事なんでな。お前らちょっと痛め付けてやれ。そのうち泣いて助けを乞うだろうよ。」
「オラァ…言っちまった方が楽だぜ?」
「吐けゴラァ」
あー、めんどくさ…。
殴られ蹴られ、やられ放題だ。後で覚えてろよ。
ひとしきり殴り疲れたのか、俺は床にドサッと落とされる。
「……。」
「ハァハァ…何だこいつ。こっちが息上がっちまう。」
「おい、これ使え。」
バケツにたっぷりの水を入れてきた男が俺の目の前にそれを置く。
はっ。水責め?酷い事するなぁ。朦朧とする意識の中、両腕を持たれてバケツに顔を突っ込まれる。
息が続かず、水を飲み身体が暴れる。
「オラァ、言わねぇと死ぬぞ」
ギリギリのところで顔を上げられる。
「ゲホッゴホッごほっ…はぁはぁっ」
「てめぇの親玉は誰だ?」
ニャァと笑う顔に唾を吐いてやる。死んでも言うもんか。
「おら、もっかい水飲め」
ゴボゴボと呼吸ができない。
そいや、綾木さんに怪我するなって言われてたのに。傷だらけだ。着物も泥だらけ。悪い事したなぁ。
苦しみに意識が飛びそうになるとまた水から引き上げられる。
「ゲホッげほっ…はぁっはっ」
「言う気になったか?」
「はぁ…はぁ…。誰が言うかよ…。世話になった人…売るような真似…っ死んでもするか…っ」
睨みつける様に言うと、男の目の色が変わる。
「そうか、じゃぁ死ね。」
そう言うと、また水に頭を突っ込まれる。今度は息が止まるまで離すつもりはないのだろう。
意識が遠退く中、周りが悲鳴に包まれる。
―成宮!!おい!しっかりろ!―
あ、綾木さんだ。そんな顔しないで下さいよ。俺死んでませんよ…。
「しっかりろ!成宮!!」
パシッと頬を叩かれて意識がスッと戻る。
「っ…ごほっごほっげほっ…ハァハァ…すみませ…っ今の棺桶に片足突っ込んでたな…」
苦笑いして周りを見ると血の海だ。太刀を持っているのは康太だ。この人は殺しも笑顔か。俺が見ている事に気付いてニコリと笑ってくれる。
「さて、帰るか。立てるか?」
綾木に支えられて立とうとするが上手く立てない。
「あれ…足が…」
「ったく…打掛脱げ濡れて重いんだよ。」
言われた通りに打掛を脱ぐと、ぐいっと抱き上げられる。打掛は康太が持ってくれた。
「へ?あ、あぁぁ綾木さん??」
「うっせー重いんだから暴れんな。」
疲れた顔でため息をつく。俺、ヘマしちゃったから、怒ってんのかな。
「すみません、なんか俺…あんま役に立たなくて」
しょんぼりボソリと言うと、綾木がは?という風に俺を見てくる。
「何言ってんだ?十分役に立ってたろ。こっちこそ、助けに入るのが遅くなってごめんな。」
外に出ると辺りは真っ暗だ。
「え。俺もしかして…丸一日あそこ居たんスか?」
どうりで、身体がガクガクなわけだ。
「成宮、あいつらに酷いことされなかったか?」
俺はキョトンとする。
「そりゃ、まぁ…殴る蹴るされて水責めにはされましたけど?」
「それだけか?」
「それだけってなんスか!マジ死ぬかと思ったんすよ!?」
むかぁぁっとして抗議すると一瞬綾木はホッとしたような顔をすると、また嫌そうにそっぽを向く。
「お前は殺しても死にそうにねぇな。」
「どーいう事ッスかぁ!!わっぷ!」
俺はまたバフっと外套を被せられ馬に乗せられる。
「帰るぞ。処理班、後は頼んだ。早めに片付けて帰ってこい。」
「了解です。」
康太がニコリと笑う。後ろは死体の処理や人質の解放でてんてこ舞いのようだった。
こうして、遊郭での拉致誘拐事件は一応の収まりを見せた。俺も綾木もやっと終わったと安堵のため息をついていた。数日後に起こるこの港町の一大事など、俺達は知る由もない。
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