ラスボスが高人さんで困ってます!24
ふっと目を覚ます。光がやけに眩しい。朝?
チチチッチチチッと、外で小鳥が鳴いている。
まだ眠くて身じろぎをすると思いの外身体が動かなくて無理やり動かすか迷いながら布団の隣を見ると、寝ていたはずの高人さんが居ない。
「高人さん……?……っ」
怠い身体を起こして、耳を澄ますと、カタ、コト、と音がする。
家にはいるのか……。
ホッとして、窓越しに太陽の位置を見てみると少し高い位置で大地を照らしている。
「寝過ごした……のか?」
やけに掠れた声に驚き、自分の喉に触れる。
立ち上がろうとするが今まで感じた事が無い程に身体が重だるく立ち上がれない。座っているのも次第に辛くなり、またぼふっと倒れ込むように布団に寝転ぶ。
何か原因になるようなこと……。
考えるまでもない。
昨夜大暴れしたのが響いているのだ。しかも初めて呼んだ雷の精霊達は暴れたがり制御にかなりの魔力を費やした。長時間、傍若無人な魔力の使い方をしていたにも拘らず、海から離れた後も魔力を代償に生き残りを精霊に見張っていたからそれも原因だろうか。
よく見ると昨晩と着ている着物が違う。
ん?なんでこんな着崩れてるんだろう。
帯も一重にしか巻いておらず、腹のところで不器用に蝶々結びになっていた。
もしかして、寝てたの、一日じゃないのか……。
すると、カタリッと襖が開いた。
「チュン太ぁ、身体拭くか――……」
水の入った桶と、手拭いを持った高人さんが入ってきて、パチンと目があった。
「あ、あの……おはようございます……。」
「…………。」
苦笑しながら頬を掻いて挨拶をするが、高人さんはなかなか喋らない。
「高人さん?」
彼はハッとしたように俺の方に足早に駆け寄ってくる。コトリと桶を畳に置くと俺の顔を覗き込む。
「どこか具合悪いとこ無いか?」
真剣な表情で俺を見つめてくる。
「いえ、身体が重くて起きてられない事意外は……。」
「そうか……良かった。」
そう言うと、ホッとしたように高人さんは表情を緩める。
そう言うと、高人さんから、不意に口付けられビクリとする。蕩けるような深いキス。絡んでくる舌が気持ち良くて、されるがまま身を任せた。すると、フゥーっと身体に精気が流れ込んでくる。あまりの心地良さに、重い腕を上げ、高人さんの髪を撫でる。
しばらくすると、ちゅっと音をさせて唇を離し、俺の顔を愛しげに見下ろしてきた。
ああ、もう終わり?もっと欲しい。
そんな表情の俺を高人さんは困った様に見つめる。
「ごめんな、これ以上は俺が動けなくなる。」
そう言われて少し考える。
……魔力を分けてくれたのか。
そして湯呑みに湯冷しを淹れて口に近付けてくれるが、俺はフルフルと首を振る。
飲みたくない。
「まったく。やっと目を覚ましたかと思ったら子供みたいになってるな。」
苦笑しながら湯呑みの湯冷しを口に含み、俺の頭を挟んで顔を近づけてくる。
「ん。」
高人さんに、口を開けろと催促される。
こんな誘惑、抗えるわけがない。俺が薄く唇を開くと、唾液と混ざりトロリとした湯冷しが口の中を濡らす。
喉に流れたものをコクリと飲み込むと、高人さんがご褒美とばかりに舌を絡めて口付けてくれる。そしてまた湯冷しを口に含み俺に与える。その繰り返しでなんとか湯呑みの湯冷しをすべて飲まされてしまった。
たった一杯の水を飲むのがこんなに大変な自分を客観的に見てみるとあまりの弱り様にゾクリとする。
「高人さん……俺、なんでこんな……」
高人さんは俺の髪を撫で、頬を撫でると、すっと身体を離して座り直して俺を見つめた。
「チュン太、お前、魔力欠乏症で一ヶ月意識が無かったんだ。」
「……え……」
俺は目を見開くと、今にも泣きそうになりながら微笑む高人さんを見上げる。
「龍は命に関わるほどの魔力を使うと身体が勝手に稼働制限をかけて仮死状態になるんだ。体内の魔力が一定回復したら意識が戻る。死なないための一種の安全装置だな。お前は器が大きいから、どの位寝るのか見当も付かなくてな。目が醒めてほんと良かった。」
そうか……龍なら何年何百年寝てようが関係ないだろうけど、人間の寿命の龍が魔力を空にして寝てしまったら、最悪死ぬまでそのままだ。
ああでも、俺は高人さんと命を共有しているから寿命で死ぬ様な事は無いけれど。
そうか、俺は一ヶ月も彼を1人きりにしてしまったのか。
「一ヶ月……、ちゃんと仲直りする前に俺が寝てしまったから、高人さん、思い悩んだりしませんでしたか……?」
心配になり彼を見上げると、高人さんは困った様に笑う。
「俺が悪かったから。あと、次なんかあったら連れてく約束も守る。」
高人さんは落ち込んだ様にそう言った。
高人さんばかりが悪いわけじゃない。俺の失敗だって、負けないくらい大きなものだ。
「あの、俺も、怒りに任せて暴れて、あなたに酷い事して、あげく一ヶ月も眠りこけてしまって……、ほんとすみません……。」
「ほんっっとだぞ!どんだけ心配したと思ってんだ!!有事にお前を連れくって決めたのもな、お前がキレたら命削って暴れるって理解したからだ!人騒がせにも程がある!」
高人さんは、ガミガミとお説教するように声を荒げる。
「はぁ……本当に面目無いです。」
自分の技量も測れずに迷惑かけて、本当に格好悪い。
しょんぼりとしていると、高人さんは、言う事を言い終わって呆れたように笑う。
「折角お前が起きたってのに、2人で一ヶ月前の反省会か?」
「あはは。そうですね。」
ふたりで小さく笑う。
「本当にすみませんでした。」
俺はもう一度しっかりと謝り、高人さんを見上げた。
高人さんは優しく微笑み頭をサワサワと撫でてくれる。
「そんだけ必死だったんだろ。だからもう置いて行かないから。安心しろ。」
俺はその言葉に安堵して撫でてくれる手に集中する。
でも、シェアが働かなかったのはなぜだろう。
この契約は、最初は量の多い方の力を共有し、残量が逆転すれば、また多い方に移行して力を共有する。その繰り返しだ。
だから命だろうが魔力だろうが、消耗する力は同量になればほぼ同時に2人とも消費していくのだ。
「高人さんは、シェアの影響は受けなかったのですか?」
「ああ、これがあったから遮断されてたんだ。」
立ち上がり部屋の棚から何かを取り出してきて、また俺の前に座る。見せてくれたのは布に包まれた錆びた枷のようなもの。
「あの時あいつらに付けられてたやつ。これで魔力を封じられてたから、お前の異変にも気付けなかった。」
「それって……」
「鉄の枷だな。」
鉄なんてそこら中にあるではないか。
目を丸くしている俺を見て高人さんは困った良いに笑う。
「意外だろう?」
「……でも、日常的に鉄は沢山あるじゃないですか……お米を炊く釜や、鍋だって。」
基準が分からない。今後のために知っておきたい事だ。興味津々に聞いてくる俺を見て、高人さんは安堵する。
「まぁ、話してやるから。とりあえず一ヶ月寝てたんだ。何か食べれそうなの作ってくる。身体拭くのはその後な。」
高人さんはそう言うと静かに部屋を出て行った。
「高人さんの手料理。」
初めての高人さんの手料理だ。嬉しくて尻尾がうずうずする。
とは言え、まだ目が醒めたばかりだからか水を飲むのもやっとだったのに、食事なんてできるのだろうか。
そしてまた眠い。きっと、暫くは寝て起きてを繰り返していくのだろう。そんな気がした。
「一ヶ月か。」
早く元気になって、また彼を支えたい。
ウトウトと微睡んでいると、高人さんが盆を抱えて入ってくる。
「チュン太、起きれるか?」
「ん……、はい、すみませんありがとうございま……」
……ピタリと止まる。
高人さんがコトリと畳に盆を置くと、そこには緑と紫が混ざりきらないドロドロして湯気の立つ、スープ???の入った木の器が置かれていた。……結構な量だ。
「なんだか、すごい色ですね。」
「滋養のある薬草入りの粥だ。……ちょっと薬草入れ過ぎたけど。」
……入れ過ぎたんですね。
「……なるほどお粥でしたか。」
俺はニコリと笑うが、それ以上の言葉は出てこない。
「食わせてやるから。ちゃんと食えよ?」
高人さんはその反応も織り込み済みな様子で、器を持って、木の匙を使い粥を掻き回すと、匙に掬いフーフーと息を吹きかけて、俺の口元に持ってくる。
「はい、あ――んしろ。」
じっ綺麗な蒼い宝石が俺の顔を覗き込んでくる。
……ぅう。高人さん可愛い。でもお粥の匂いがすごいです。
一瞬ピタリとカラダが止まるが、意を決して口を開く。
「あ――ん!」
ぱくっ。
見た目や匂いほどエグ味もなくて、むしろほのかな甘味があり身に沁みる。……驚いた。
「……美味しい。」
「だろ?見た目ほど不味くないんだぞ?ほれ、あーん。」
高人さんは、ふふん。と得意げなに笑うと、また俺を見つめって匙を口元に運んでくれる。
いつの間にやら尻尾がフサフサと揺れている。
食べる度に意識がはっきりしてくるようだ。
「よし。よく食べたな、偉い偉い!」
気がつけば器は空になり、高人さんがご褒美とばかりに頭を撫でてくれる。ポカポカと心も身体が温まる。先程までより身体が軽く感じるのは気のせいではなさそうだ。
「ありがとうございます。なんだか元気出ました!」
にこにこと笑う俺に高人さんは呆れたように笑う。
「ったく。でもまだ、あと1週間は安静にしてろ。それから、魔法は一切禁止だ。」
「はい。わかりました。」
俺はにこりと笑って頷いた。
いつまで禁止……と言わないのは、どの程度回復しているのか分からないからだろうか。
「さて、食べ終わったし、身体拭くか!」
「えと、俺、自分で拭けますよ。」
おずおずとそう言ったが、高人さんは何言ってんだとばかりに俺を見た。
「一ヶ月も寝てたんだ。座っとくのも大変だろうが。」
確かに。今は少し身体が動くが日常的な動作が出来るかと言われると難しい。
見た目はそう変わらないが、全体的に筋肉が減ったような気がする。
「分かりました。お願いします。」
拭いて貰えるのは正直嬉しい。だって触れて貰えるのだから。けれど肉体的に弱っている所を見られるのは正直恥ずかしかったりする。
ゆるく結ばれてるはずの帯さえ指に力が入らなくて取れない。
「あれ……。」
「やってやる。誰が毎日お前を綺麗に保ってきたと思ってんだ。」
高人さんはふふん。と笑ってスルスルと帯を取ってくれて着物をはだけさせていく。
身体が温まっているので、外気が気持ちいい。
思ったほど身体付きは変わっておらずホッとする。
けれど完全に体力を戻すのには少し時間が掛かるかもしれない。
高人さんは桶の水に手拭いを浸してぎゅっと絞るとパンッと開いてまた畳む。
「チュン太、ほら、こっち見ろ。」
「はぁい、わぷっ」
言われるままに高人さんの方を向くと顔をワシワシと拭かれる。されるがままの俺を見てクスリと笑う。
「俺がこんなにチュン太の世話するのお前が流れ着いて以来だよな。」
高人さんは喋りながらも額や顔の周りから耳、首筋、顎の下、喉。そして腕から指の先へ。柔らかな布の感触が気持ちいい。
「あはは。その節はお世話になりましたぁ。」
俺は最初の出会いを思い出して懐かしくて笑う。知らない空、知らない土地、波の音、砂の感触。飲ませて貰った水で命を繋いだ。今もそうだ。
背中を拭いてくれている間、俺は高人さんの顔が見えない。ただただ背中の布の感触を追う。
「俺、心のどこかで自分は強いんだって自惚れてたんだと思います。今回の事で、まだまだなんだと痛感しました。」
俺は下を向いたまま、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。すると高人さんはクスリと笑う。
「そうだな。お前はまだまだ雛鳥だ。ちゅんちゅんチュン太だ。」
「あはは。雛鳥ですか。でもそうですね。子供だったのは俺の方かもしれません。」
申し訳無い気持ちでいっぱいだ。
「チュン太、俺もまだまだなんだ。だから、俺にはお前が必要だよ。お互い未熟者なんだから2人で一人前でもいいんじゃないか?」
俺は背中から聞こえる声に目を見張る。
そうだ、2人で支え合っていけるならきっと何にも負けない。
何よりも、高人さんからそう言って貰えたのが嬉しくて堪らない。
俺は後ろを振り向く。
高人さんは背中を拭き終わった手拭いをまた水に付けて絞っている。
俺の視線に気が付くと、クスリと笑う。
「どうしたんだ?またそんな泣きそうな顔して?」
「あはは。高人さんの言葉が嬉しくて……ですかね。」
俺は困ったように笑う。高人さんはイタズラっぽく笑う。
「チュン太、もう寝坊すんなよ?」
「はい。もう絶対しません。」
高人さんは俺に抱きついてくれて、俺はそれを優しく受け止める。擦り寄ってくる彼が愛おしくて髪を梳くように撫で、頬擦りする。
高人さんの香りだ。とても安心する。
「おはようチュン太。」
「おはようございます。高人さん。」
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