遊郭で高人さんを見つけました。番外編1
俺の名前は、成宮涼!
俺は普段東屋商会で事務員として働いている。
事務と言っても肩書きだけだ。出社したら大体…
「成宮くん、いる?」
ほーらきた。
事務所の椅子でゆらゆらと遊んでいると、准太さんがドアを開けて覗き込んでくる。
「准太さん!おはようございまぁす!」
にこにこと人好きのする笑顔で返事をする。
「仕事、頼んでいい?」
にっこり笑う准太さんは大体悪い事を考えているってのが俺の持論だ。
「いいっすよ!何をすれば?」
「綾木屋に転職してくれる?」
綾木屋って、遊郭地区近くにある呉服屋っスよねぇ…。なんだろ。偵察かな?まぁいっか。俺は言われた仕事をこなすだけ。
「了解っす!俺の経歴はどうしましょっか?」
「作っておいたからこれでよろしくね。」
准太さんは俺に一枚の指示書を渡す。書面を見ると、ここで働いてる事だけが綺麗さっぱり消えてる。なるほどなるほど。
「了解です⭐︎」
俺が了承すると、准太さんは事務所から出て行った。
お仕事内容は、綾木千広の監視と、取引先帳簿と取引内容の写し。
「わぁ。准太さん何するつもりなんだろ…。」
まぁいっか。
俺は商会を出るとしゃがみ込み、地面に指示書を置いた。マッチに火をつけると指示書を燃やす。
こんなものずっと持っとくと危ないもんな。
綺麗さっぱり灰になったのを確認し、スクっと立ちあがる。
「さぁていきますかぁ!」
俺は意気揚々と歩き始めた。
――――――――
「ごめーんくーださーい!」
「はいはーい。」
呉服屋の暖簾を潜ると、年配の女性従業員が出てくる。
「ここで働きたいんスけど…なんでもするんで雇ってもらえませんか…?」
捨てられた子犬のように見上げてみる。
「あらぁ…旦那様に聞いてみないとねぇ。」
困った様に女性従業員が首を傾げる。
「どうしましたー?」
お。この人か。綾木千広。
「いえねぇ旦那様、この子が仕事探してるみたいで」
綾木は従業員の話をきょとんとした顔で聞いて、俺の方を見た。
「ん?なにお前。仕事欲しーの?」
「はいぃ。前の職場解雇になって…これじゃ妹達に仕送りできないんですぅう」
うるうると目に涙を溜めて綾木を見上げる。
「あらぁ…大変ねぇ。。」
おばちゃんは手中に収めた。
「お願いです。どうか。」
がくりと座りこみ、がばぁっと土下座する。
「俺何でもするんで!お願いしますぅ!!」
すると綾木は面倒そうに顔を顰めて後ずさった。
店の中で俺が叫んでいるものだから、表に人集りが出来上がる。
「わーかったよ!それやめろ!店の評判悪くなるだろ!」
「ありがとうございますぅぅ」
仏様でも拝む様に俺は綾木を見上げた。
綾木はため息を付くと女性従業員に指示を出した。
「ごめんね、トキさん、そいつ頼んでいいです?」
「はいはい。承知いたしましたよ。」
トキさんと呼ばれた女性はにこにこと笑い、俺を連れて店の奥に行った。
「ほら、そんな身なりじゃだめよ。呉服屋は装いを売る場所だから自分の身なりも綺麗にっていうのが旦那様の教えなんだ。」
トキさんは穏やかに笑いながら俺に従業員用の袴と着物を渡してくれた。
女性が、笑いながら働ける店か…。
「ありがとうございます。トキさん」
俺もめいっぱいの笑顔で答えた。
そんなこんなで数日働いてみて分かった事、とにかく平和だ。綾木さんは普通に働き者だし、従業員に過度な仕事をさせる訳でもない。表に出る従業員と裏に居る従業員は分けられており、表は女性と人の良さそうな男性、裏は怖い顔のお兄さん達が力仕事やトラブル対応をしていた。面白い店だ。
ここの所、准太さんはバカみたいに忙しいようで、俺の定期連絡は滞っている。
まぁ、平和でいいんだけど。
朝の店の表の掃き掃除をしながら、ふぁ〜とあくびをする。
今日は朝から従業員達が荷車に反物の入った箱を次々と乗せている。
店の前を掃きながら、その光景を何の気無しに見つめていた。
効率重視の東屋とは大分違うなぁ。住み込みでご飯も食べれる。こんな高待遇で働ける職場なんて中々無いんじゃないか?
「成宮くーん。」
「はぁい!」
瞬時ににっこり好青年の顔を作り、ぐるんと後ろを向くと、そこには綾木の顔が。
「わぁ?!な、なんスか!」
「あんまボーッとしてんなよ?」
わしわしと頭を撫でられる。にぃっと笑う。
「んじゃ、行くぞ。」
「え、どこにっすか?」
「遊郭で出張営業。人手はいくらでも欲しいからお前も来い。」
今日の綾木さんは上機嫌だ。
荷車を押す男衆ば普段裏で働いている人達。その横を普段表で働く人達が歩いて、ゆっくり遊郭地区に入っていく。
花房屋に着くと襖を取っ払った広い広い座敷に通された。
「わぁ!!綾木さん!凄いっスね!!こんな広い部屋初めて見た!」
「おら、あんま騒ぐんじゃねーぞ。」
運び込まれるたくさんの木箱のを、無地の布の上に置いていく。
「なんで布の上なんスか?」
「木箱引きずったら畳が痛むだろうが。心遣いってやつだよ。」
「へぇ…」
心遣いか。縁遠いっすねぇ…。
「ほら成宮ー。ぼーっとすんな仕事して来い。仕事〜。」
べしっと背中を叩かれてしまう。
綾木はがんばれよ。と手を振り、中庭を懐かしそうに見つめていた。
それからはもう猫の手を借りるほど忙しく、たまに綾木の方を見ると、夜霧という男娼と楽しげに話しているのが目に入った。店では見たこと無い顔で隠れて嬉しそうに笑う顔は見ていてこっちも嬉しくなる。
「はぁー!疲れたっす!」
「おつかれさまぁ。帰ったらしかりお休みねぇ」
トキさんも腰を叩きながら伸びをしている。
帰り道の綾木さんは、なんだか暗い表情をしていた。
「どーかしたんすか?」
顔を覗き込んで聞いてみる。難しい顔をしていた。
「なんでもねーよ。」
嘘だ。なんでも無い顔じゃないだろ。
「綾木さん、俺でよければ乗りますよ?そーだん☆」
その言葉にぎょっとしたように俺を見る綾木。
「はぁ?何言ってんだよガキが一丁前に!」
またぐりぐりと頭を撫でられてしまう。
「ガキは大人の言う事聞いてりゃいいんだよ。」
「ひっどいなぁ。俺もう17っすよ!?一昔前なら立派な成人なんですけどー!」
むすっとして撫でられていると、今度は綾木が顔を覗き込んでくる。ふふんと、笑いながら。
「二十歳になったらお前の言い分聞いてやるよ。」
俺の頭を今度はぽんぽんと頭を撫でた。
夕日を背にしていて、不覚にも、綺麗だなんて思ってしまった。
「さぁてー帰ったら飯だー。今日は何かねぇ〜。突っ立ってないで帰るぞガキ〜。」
ヒラヒラと手を振りながら綾木は先に歩いて行ってしまった。
撫でられた頭を自分で撫でてみる。
綾木の手、温かかったな。
「はぁ、何やってんだろ…。」
項垂れて、くしゃりと髪を握った。
――――――――――
遊郭へ行った次の日は店の定休日で、俺の定期連絡の日だった。
俺は東屋を訪れる。
「やぁ、成宮くん。あっちでの生活はどう?」
「面白いですね。効率は悪いですが、信用と信頼で効率を賄ってる感じというか…。」
「へぇ。成宮くんは、少し表情が優しくなったかな?」
准太さんの翡翠の瞳が俺を射抜くように見つめる。
内心、ビクリとするが態度には出ていないはずだ。
「冗談よしてくださいよぉ。これ、現在の取引先一覧と、取引の内容と、現在の金の動きっス。」
いつもの様に、報告書を提出する。
綾木さんはこんな俺はを知らない。
すこし、胸の奥がチクリとした。
「…そう。綾木千広に何か変わった事は?」
准太さん、今日は何かピリピリとしている。遊郭で何かあったのかな?
「そうっすねー、昨日は元気無かったですね。今日の朝も、食事に降りてきませんでしたし。」
思い出すように、ありのままを報告する。
「へぇ。」
准太さんの低く冷たい声。目は書類に落としたまま、こちらを見ることもない。
綾木さん…何したんだ…。
ゾクリとする。
「わかった。じゃあ成宮くん、引き続きお願いね。しばらく、そちらは慌ただしくなるだろうから、そのつもりでよろしくお願いします。」
准太さん、何かするつもりだ。
内心焦ってくる。あの店は潰しちゃいけない。
東屋に足りないものが、あの店にはある。
絶対に態度には出してはいけない。
気取られたらこの仕事から外される。
「了解っス!」
俺は人好きのにっこりと可愛らしい笑顔で返事をした。