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ラスボスが高人さんで困ってます!12

子供達を家に送り、また舞台へと歩く。
途中、まだ開いていた露店で、竹の水筒に入った冷たい果実水と軽食の包みを買って行く。通りは興奮冷めやらなぬ男達が酒盛りをしていた。

夜もだいぶ更けてきて、あんなに賑やかだった山道は閑散としていた。広場に着くが、風が吹くばかりで誰もいない。明かりは消え、竹の鈴が揺れて音がするのみだ。

誰も居ない?けれど高人さんとはすれ違って居ない。
そういえば、本殿があると言っていた。

ギシ…ギシ…

舞台への階段を登っていく。
本殿へ行く通路を見つけるとそちらへ足を向ける。
風が本殿を区切る御簾をフワリフワリと浮かせていた。
「ああ、風の精霊が居るのかな」
俺には見えないけど、背中を押されたり、俺の周りをくるくると風が舞っている。

彼は風に愛された人だから。
俺はどうやら歓迎されてるらしい。

「高人さんこっちですか…?」
風がふわふわと案内してくれる。
「ちゅんた?」

声がした方に行く、本殿には広い部屋の横に小さな部屋が区切って設置してあった。そこの引き戸を開ける。
そこには、フラフラと舞衣を脱ごうとしている高人さんの姿。
「高人さん大丈夫ですか?」
近づいていくと俺でも分かるほどに魔力を消耗している。何といえばいいのだろう…、気配が薄いのだ。いつもと比べ物にならないくらいに。これを魔力の消費だと感じるのは、きっと龍種の血なのだろう。
フラフラする高人さんに近寄り身体を支える。

「そんなに、身体に負担がかかるですか?」
おれの言葉に高人さんは俺を見る。
「俺もまだまだヒヨッコって事だ。そんな事より頑張った俺へのご褒美は無いのか?」

手を伸ばしてくる高人さんを抱きしめる。
ずっと1人で、回復するまで耐えて。村の人達はそんな事言ってなかった。彼らは知らないのだろうか。
「高人さん、よく頑張りましたね。えらいです。」

先代の長と高人さんは長らくたった2人きりの龍だったと言っていた。先代が亡くなり、たった1人で100年ここで耐え忍んできたのだろうか。

俺は彼の髪を梳くように撫でた。彼は嬉しそうに擦り寄ってきてくれる。

そのまま寝入ってしまいそうで、彼を抱き上げて部屋の隅へ行き壁を背もたれにして座る。
「今日は甘えん坊な日ですね。」
「たまにはいいだろ…。」
俺の膝に跨りすっぽりと腕の中に収まっている。
「あ、高人さん喉乾いてません?さっき、果実水を下の露店で買ってきたんです。」
「…いる。」
うとうとしながら、ぼそりと言う。そのまま顔を上げる気配も無い。
「高人さん、こっち向いて」
彼の顔を覗き込むと、ゆっくりこちらを向いてくれる。
「しんどいですか?」
聞くと彼はコクリと頷く。
そんな彼の唇にキスをする。
「…ん…ぅ」
なんとなく、こうするのが良いと思ったのだ。
ちゅっちゅと何度か唇を吸うと次第に高人さんの唇が開いてくる。
その開いた歯列を舐めるように舌を這わせると口内へ俺を導くように高人さんが口を開く。深く深く舌を絡め取る。
「はぁっふ…ん…」
角度を変えてキスを繰り返し、隙間なく唇を合わせると、俺は彼にフゥッと呼吸とは違う何かを送り込む。
高人さんが、ビクリとして、こちらを見てる。
次第に気持ちよさそうにその口づけを受け入れてくれた。
しばらくそうして送りつけていると、フラリと眩暈がする。
ちゅっ…と音をさせて唇を離す。

今度は水筒を引き寄せて線を抜き口に含んだ。
甘い果実の香りが口に広がる。

そしてまた高人さんに口付けて口内の液体をゆっくりと流し込んだ。
高人さんは、その液体を抵抗なく飲み下してくれる。
こくん…こくん…
水筒が空になるまで、彼に与え続ける。
「んっ…っぷはっ…」
最後の一口を与えて、唇を離すと苦しそうに顔を背けられた。俺はペロリと口端を舐めて、クスリと笑う。
顔色が良くなっている。

彼の顔を優しく見つめ、顔に掛かる髪を梳いて整えてやり、頬を撫でた。

「…気分は?大丈夫ですか?」

高人さんは、恨めしそうに俺を見ていた。
「お前…俺に魔力分け与えてたな…、俺は教えた覚えは無いんだが?キスで魔力供給なんて…口で説明すんの難しいだろ…誰にやり方教わったんだっ」
きょとんとする。
元気になった途端、俺は浮気を疑われているらしい。
「なんとなく、こうするのが1番な気がして、やってみたら正解でした?…俺、魔力を高人さんに与えてたんですか?」
誤解だが嫉妬されるのは嬉しい事だ。
「お前また、本能か…お前は…ほんっとに。」
頭を抱えて大きなため息を吐く高人さんを見て、俺はにこにこ笑い尻尾はパサパサと床を掃く。
いつもの調子に戻っている。
「良かったぁ…。心配しました。」
「すまん…毎年、こうなる事をすっかり忘れてた。一晩寝れば治るから、毎年神事の後はここで寝てたんだ。」
「そうだったんですね。」
「…ありがとうな。…その…魔力分けてくれて…。結構吸った気がするんだが…お前体調大丈夫か?」
心配そうに高人さんが俺を見てくる。
「少し眩暈はしましたけど、今はなんともありません。」
「…お前の魔力量どうなってんだよ。…俺、半分くらいは回復したぞ。」
「貴方のお役に立てたなら嬉しいです。あ!それなら高人さん、俺にテイムされたら俺の魔力使いたい放題ですよ。」
「やだよ。なんでそんな事…」
「…生命力、寿命も、共有できるんです。」
高人さんは、驚いたように俺を見た。
「それって…」
「俺と契約すれば、俺は貴方を置いて逝かずにすみます。」
俺は、ふふっと笑う。
「それはいいな!」
高人さんが嬉しそうに笑う。

「龍の天寿って、だいたいどのくらいなんですか?」
俺が聞くと、高人さんはすぐに答えてくれる。
「龍は一定期間で老化が止まるんだ。後は殺されたり病気になったりして不慮の死が無い限り死ぬ事は無い。まぁその不良が続いて今なんだけどな。」
高人さんは自重気味に笑う。
「魔力もですが、生命力、寿命も多い方に依存します。俺は高人さんの寿命を共有し、高人さんは俺の魔力を共有できる。あとは番の契約をすれば、精神面も共有できて、万が一どちらかが死ぬなら追って逝ける。完璧ですね。」

そんな俺の言い草に高人さんは心配そうに俺を見た。
「お前、ほんとにそれでいいのか?途方もなく長い人生を俺だけと歩むんだぞ?」
俺は愛しげに彼を見つめる。
「千年だろうが二千年だろうが一億年だろうが、貴方と共に歩めるなら幸せです。」
俺は上機嫌で話しているが、高人さんは浮かない顔をしていた。

そんな高人さんを、俺はぎゅっと抱き締める。
そして、そっと身体を離し、彼を見つめた。
「高人さん、大好きです。この1ヶ月沢山考えました。この気持ちが偽りなのかどうか。けれどどう考えても俺の真意です。貴方が好きです。大好きです。貴方が死ぬなら俺も死にたいと思えるほどに。愛しています。お願いします。俺を貴方の人生の一部にしてください。」
高人さんは嬉しそうに笑う。
「こちらこそお願いします。」

俺は嬉しくて、彼をぎゅうっと抱き締める。
「やったぁ…っ!」
擦り寄る俺に高人さんはくすぐったそうにしている。

「早速ですが俺と契約して下さい。」
「気が早いな」
「高人さんは焦らすと逃げちゃいますからね。」
俺はニコリと笑う。

「高人さんと行う契約は、テイムよりも信頼関係を重視したシェアです。貴方が嫌だと思えばいつでも破棄できます。」
俺は、自分の横の空間を指先でスッと横になぞり、ピンっと上へ弾く。すると違う空間がぽっかりと口を開けた。
「は!?アイテムボックス!?なんでんなもん持ってんだよ!!伝説上の魔法だぞ!!」
高人さんが胸ぐらを掴んでグラグラと揺らしてくるので、空間に手を突っ込みながら、あははっと笑う。
「冒険者してる時、たまたま見つけた遺跡に古い本があって、もうぼろぼろだったのでこの魔法しか読めなかったんですが、試したらできちゃいました。」

「試したら…できた…」
高人さん、綺麗なお顔が…壊れてます。
俺は困ったように笑う。

空間から取り出したのはガーネットの原石と火鼠の毛束とミスリル鉱石だ。
「何するんだ?」
「高人さんに贈り物を作るんです。シェアには必要なので。」

おれは、それらを床に置くとそれらに手をかざし、魔力を流す。 
火鼠の毛は細く細く紡ぐ。ミスリルも溶かして細い糸状に。長い長い金と銀のキラキラとした二本の糸が月明かりに照らし出されて浮遊する中、もう片方の手を出来上がった糸に添えて、そちらにも意識を分けて魔力を込め、組紐を作って行く。高人さんを抱き抱えた状態でやっているので、作業をしていると彼が密着してきてとても嬉しい。

龍はキラキラしたものが大好きだから、高人さんはずっとキラキラと光り舞う糸を見ている。
その様子を横目で見てクスリと笑い、素材から糸を作りきると、組紐作りに専念する。一瞬で長い長い糸ができた。それを魔力で収縮させて短くすると、革紐のような色合いの一巻きの紐が出来た。
魔力を送るのをやめると、紐の束は床に転がる。
それを拾い、角度を変えて見ると月明かりを反射し、鱗のように糸が輝く。

「よし。良い感じ。次は石ですね。これちょっと持ってて下さい。」
「…ん、」
紐の束を高人さんに渡すと、受け取った物を角度を変え、くるくると回してジッと見つめている。

可愛い。

手のひら程の原石を持ち、魔力で丸く研磨していると風が遊びにやって来た。

ひゅぅぅうと石の周りを風が舞う。

「精霊たちが、手伝わせろって言ってるぞ」
高人さんが笑いながら言う。
「あはは。じゃあ、親指の先くらいの大きさで、楕円に研磨して真ん中に紐を通す穴を開けて欲しいんですが、どうお願いすれば良いでしょう。」

「精霊は今こっちに好意的に近寄って来てるから言葉を聴いてる。」
高人さんはクスリと笑う。

石は風に吹かれて浮かび上がり瞬く間に注文通りの仕上がりになった。

「凄いな。ありがとうございます。」
俺が風に礼を言うと、頬掠めていく。

高人さんから紐を受け取り、高人さんの腕に巻き付けてちょうど良い長さで切ると、それに石を通してブレスレットを作る。
「俺は、何か作らなくていいのか?」
高人さんが俺を見て首を傾げる。
「高人さんからは、出会った日に貰ってますからね。

俺はフサフサの狼の耳に隠れたピアスを取って見せる。
「これを使おうと思います。」
高人さんは俺のピアスを見つめる。
「なぁ、ちょっと作り替えてもいいか?」
「ええ。かまいませんよ」
高人さんは、羽をバサリと出す。袴の隙間から尻尾も覗いていた。
「高人さん天使みたいですね。」
驚いたように高人さんが俺を見る。
「そんな事言うやつお前くらいだ。」
そう言いながらも嬉しげに笑った。
「チュン太、俺の尻尾から鱗を一枚取ってくれ。」
「痛く無いんですか?」
「髪を一本抜く感じだな。」
なるほど、ちくっとはするんですね。
痛く無い取り方なんて分からない。彼の尻尾を撫でて、手に当たったものをなるべく素早く引き抜く。
「…っ」
高人さんはピクリと身体が跳ねるが特に何も言わない。
「そんな顔すんな。大丈夫だから。」
「あはは、顔に出てましたか?」
「出てた。」
高人さんは羽を一枚絵抜き取り、再び羽と尻尾を仕舞う。
「龍の鱗は危害を加えてくる力を半減させるんだ。羽は浄化の作用がある。これを飾りに使おう。」
手の平で鱗と羽が溶け合い、小さな2枚の銀色の板になる。
ピアスのフレームに金具を付けそれを取り付けると、ゆらゆらと揺れるチャームが付いたピアスになった。

「わぁ。可愛いですね。」
「護身用に付けとけな。なんだかんだ言ってもやっぱ人間なんだから。」
「はい。ありがとうございます。」
俺はそのピアスを、高人さんの為に作ったブレスレットと一緒に持つ。

「高人さん、契約進めても大丈夫ですか?」
高人さんはコクリと頷いてくれる。

「使うのは俺の血と貴方の血。お互いの手の平を血で濡らし、贈り物を挟んで手を握ります。俺が高人さんの名前を聞いたら、名前を教えて下さい。後は、同意の元であれば自然に言葉が出て来ます。」

「分かった。」

俺はナイフで、高人さんは爪の先で手のひらを切る。溢れた血の上ブレスレットとピアスを置いて、その上に高人さんの手を置いてもらう。

「――西の女神アルミスの名の下にジュンタ・ティフォン・フローレスが御身の御言葉を借りここに誓いの儀式を行う。――」
「――我が友となる者、その内に流れる運命を分け合い共に生きる者。汝の名を答えよ。――」

ふわりと、あたりの空気が変わる。
西大陸の女神に誓いを立てるのだ…。こちらの神には申し訳ない気もする。

「――西條高人――」

指先を絡めて握り、高人さんの額に自分の額を優しく当てる。触れている手の平と額が熱い。

「――ジュンタ・ティフォン・フローレスは西條高人と友の誓いを立て、誓いを違えるその時までお互いの運命と共に歩む事を女神アルミスのもとに誓う――」

高人さんが口を開く。

「――西條高人はジュンタ・ティフォン・フローレスと友の誓いを立て、誓いを違えるその時までお互いの運命と共に歩む事を女神アルミスのもとに誓う――」

合わせた手のひらが淡く光り消える。手をゆっくりと離すと、血は消えて傷も癒えていた。 

「西條高人さんて言うんですね。」

俺が嬉しいそうに話すと高人さんは照れ臭さそうに目を伏せる。
「もう家名で区別する必要も無いしな。俺しか居ないから。高人でいいんだ。」 
どこか寂しそうな彼の瞼にキスをする。

「高人さん。これから長い時間をかけて家族を増やしていけば、寂しくなくなりますよ。」
「…っ!」
俺の言葉に高人さんは顔を真っ赤にする。
俺はふふっと笑いながら、高人さんにブレスレットを渡す。
「右手は放出、左手は吸収に特化します。別にどちらでもそこまで変わりありません。炎に強く魔力を通しやすい組紐で、龍化しても合わせて伸縮するので切れたりしません。石が割れると契約解除です。残りの紐は高人さんにあげますね。」
「これ貰っていいのか?!」
「ええ、どうぞ?」
「ありがとう。大切に使う。」
俺は喜んでもらえた事が嬉しくて、にこりと笑った。
俺も貰ったピアスを、また左耳に付ける。
「チュン太は左耳に付けるの、なんか意味があんのか?」
付け終わると、にこりと笑う。
「左耳は大切な人を護るという誓いです。」
貴方の事ですよ?分かってますか?
愛しげに見つめていると、高人さんはまた顔を赤くして顔を背けてしまった。俺は困ったように笑う。
「それで、高人さん…番についてなんですが…」
俺は高人さんを少し照れ臭そうに見つめる。
「あの、手順を…教えて頂けますか…。」
人間で言う所の結婚式だ。龍はどうやるんだろう。

高人さんは顔を真っ赤にして、俯く。
「……てもらうんだ…」
高人さんがボソリと言う。あまりに声が小さくて聴こえない。
「高人さん…もう一回お願いします。」
「…神さまに、その…見届けて貰うんだ。」
俺はきょとんとする。
「何をですか?」
高人さんは顔を真っ赤にして見上げてくる。
「…してるとこ…さいごまで…」
「してるとこ…性行為って事ですか?」
高人さんがコクコクと頷く。
なんとも色恋沙汰がお好きな神様のようだ。

「神様が番にしてもいいか審査してくれるんです?それで落第した例はありますか?」
「…過去、相手を無理矢理連れてってやったヤツがいて、そいつらはダメだったって聞いた事ある。」
「それ以外は?」
「特に聞いた事ないな…。」
両者同意の元でなければダメなのか。まぁそれは当然か。
「…異種間で認められた例は…ありますか?」
「龍は龍としか番になってこなかったから、異種間は分からない。お前は龍の血が入ってるだろう?」
高人さんはきょとんとして俺を見る。
「でも…人間です。」
言うなれば雑種なのだ、純血と雑種が、果たして許されるのだろうか。
前例が無い以上、どうなるか分からない。
「もし番になれなくても、俺と結婚してくれますか?」
ダメだと決まったわけではないが、もう貴方を手放す事は出来ないから。
「当たり前だろ…もうお前とは繋がってるしな。」
右腕のブレスレットを見せて、ふふんと笑う。
それは放出、つまり高人さんの持つものを渡す意思表示だ。その気持ちだけ幸せでたまらない。

「高人さん、愛してます。俺の全てもどうか受け取って下さい。」
彼を抱きしめて、髪を撫でてやる。
「うん。俺もお前に全部やる。」

月夜の小さな部屋で二人は幸せそうに笑った。

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