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ラスボスが高人さんで困ってます!11

神事の日。

泉へ向かう通りは露店で溢れ、遠くの村からも沢山の亜人達がやってくる。
半獣の者、翼の生えた者、足の無い者。皆姿形に捉われず、祭りを楽しむ。

昼間は縁日が主体だ。この日のために準備された果物や穀物がふんだんに調理され露店に並んだ。菓子職人が飴細工を作り、竹細工や紙細工、お面や金魚掬い、ガラス細工の可愛らしい店も並ぶ。
外の大陸から商人が店を出しにやってきた。

子供達の楽しげな声を傍に聴きつつ、俺とチュン太は夜の神事の準備のために桶を持って泉へ行く。

「良かったのか?初めてだろ、縁日なんて。」
「俺は貴方が居なきゃ何処も楽しく感じないので。貴方が一緒なら行きます。」
チュン太はにこりと笑う。
ったく、子供達より手が掛かる。
俺は困ったように笑った。
「じゃあ、後で一緒に回ろう。夜まで時間あるしな。」
「はい」
満面の笑みでチュン太は返事をした。

「なぜ泉の水なんですか?」 
大きな桶に並々と水を汲むと、チュン太がそれを抱えて山道を歩く。俺は空の桶を4つだ。
並々と水の入った樽ほどもある桶を軽々と持つ姿を横目で見る。
魔力を通すのが上手いのは分かるが、こんな事ばかりしていては人の身体はすぐに傷んでしまうはずなのに、そんな気配もない。
「…お前の腕力どうなってんだよ…。」
「…??」
チュン太は可愛い顔で首を傾げてくる。

はぁ。俺の心配なんてつゆ知らずだな。

「ここの水は元々力がある上に魔力を流しやすいんだ。本当は上流の泉がいいんだけど、遠いからな。」

チュン太の桶に手を入れて水を掬い、魔力を込める。
しゅるしゅると俺の手の周りで魚の形をした水が遊ぶようにくるくると舞う。

「この水を媒体にして、神力を大陸中に霧散させる。」
「大陸って…水の量が少なくないですか?」
「水は媒体だ。この水の霧の一欠片が数十キロ先まで神力を届けてくれる」
泉の水は、クルクルと俺の思い通りに動いてくれる。神力を借りても操るのは俺だ。使う媒体は使いやすいに越した事はない。

「お前は、水の精霊に愛されてるから、練習すれば俺より上手くできると思うぞ?」
ふふっと笑う。
「そうなんですか?」
「お前の周りには雷と水の精霊が寄りやすい。呼べばすぐに来てくれるんじゃないか?ただ雷は危ないから、そう使えるものでも無いけどな。」

「雷か。高人さんは精霊が見えるんですね。」
「龍の姿の間は存在が精霊に近いから見えやすいんだ」
チュン太は、へぇと興味深く聞いていた。

しばらくすると、舞台の広場に着いた。
舞台の四方には竹が刺してあり、高い場所に縄が張られていた。縄には、真っ白な和紙で作られた紙垂(しで)が等間隔で取り付けられておりサワサワと揺れている。笹の先端には鈴が取り付けられて、風が吹くとシャラシャラと音がした。
「鈴の音が沢山しますね。」
「邪を払う鈴の音なんだ。水に変なモノが混じらないようにな。」
2人で舞台に上がると、チュン太が水入りの桶をゆっくりと置く。
「はぁー!重かったですぅ!」
「嘘つけ涼しい顔しやがって。」
にこにこ笑いながら言うチュン太に、俺は苦笑した。

俺は持っていた4つの桶を笹のある四方の角に置く。
「んじゃ、チュン太少し離れててな。」

チュン太は桶から離れてストンと座る。
「何をするんですか?」
「こっちの4つの桶に水を均等に入れるんだ」
俺は満たされた桶に手をかざすと、シャボン玉を作るように手を振る。水は弧を描き、千切れてあぶくのように浮いていた。魔力を通した水は俺の意のままに動く。その水の玉を四等分にしてから、それぞれを四方の桶の上に移動するとゆっくりと桶に水を入れた。
チュン太は、おぉ…声を上げぱちぱちと手を叩いていた。
「よし!大きい桶は舞台の下に置いとけ。」
「はい。」
「それじゃ、着替える前に縁日見に行くか。」
「やった!高人さんと見て回れるの嬉しいです!」
チュン太の尻尾がバタバタと騒がしく揺れている。よっぽど嬉しいのだろう。

「ったく、1人で回れるだろ?」
「楽しく無いんですって…。貴方と居る事に意味があるんですし。」
苦笑する俺に、チュン太は困ったように笑った。

縁日の山道前の道には、沢山の露店が出ていた。
少し歩くと、和紙を固めて作った動物のお面屋が姿を表す。
「チュン太、お祭りと言えばこれだ!おやじさん、この狐の白と黒を。」

「はいよ!」
俺はチャリンと店主に料金を払うとお面を受け取る。
「ほれ、お前は白だ。」
「カッコイイですね。」
「だろ?お祭りの間はこうやって身につけるんだ。」
頭の横に紐を結んで狐面を付ける。チュン太も真似しているのが可愛い。
俺は飴細工を買い、チュン太は浜焼きの串イカを食べながら進む。
「なんだか、すごく楽しいです。」
チュン太はふふっと笑いながら俺についてくる。
「逸れるといけないから、手貸せ」
「…?」
チュン太から差し出された手を取り指を絡める。
「…っそれは反則です…」
顔を赤らめ恥ずかしそうに言う。
「ふふん。可愛いやつめ。」
俺も強がってイタズラっぽく笑ってみるが、チュン太の手が俺の手をしっかり握ってくれるので、恥ずかしくて顔が熱い。

「いろんな露店があるな。何か見たいのあるか?」
チュン太はキョロキョロと辺りを見回す。
「あ!高人さんこっち!」
チュン太に手を引かれて行ったのは、蜻蛉玉の露店だった。
「へぇ!可愛いな!」
「首飾りとか。ブレスレットにも出来るみたいですよ?」
俺が蜻蛉玉を見ている姿をにこにこと見ているチュン太に気付く。
「お前は選ばないのか?」
「あ、選びます!」
恥ずかしくなって、ジト目でチュン太に言うと、チュン太はふふっと俺を見て笑った。

「じぁ、選んだやつ、せーので見せよう。」
「いいですよ。」
チュン太もじっと、沢山の蜻蛉玉を眺め始める。
その横顔を見て、ああ、こう言う事か…と思う。

長い耳をピコピコさせて、真剣に楽しげに選んでいる姿はとても可愛く見える。
ふふっと微笑み見つめていると、チュン太がその視線に気が付き照れたように笑う。
「選ばないんですか?」
今度はチュン太が同じように聞いてくる。
「お前の気持ちを実感してたとこだ。」
「俺もです。」
2人で笑い、また蜻蛉玉を見つめる。
「決めたか?」
「はい。」
「「せーーの!これ!」」
パッと2人で見せ合う。お互い、相手の瞳の色をした蜻蛉玉だ。やっぱりなと思いながら、俺は自分の選んだものを見つめる。深緑に明るい緑の蔦が絡まり、白い花が咲いている可愛らしい蜻蛉玉だ。
チュン太みたいだ。

店主は、にこにこと俺達を見ている。
「どのように加工しましょうか?」
店主の言葉にチュン太が加工例を見た。
「首飾りででお願いします。」
料金を払いながらチュン太が言う。
「お前、こっちの金持ってたのか?」
「貿易船が来た時に西と東の文字が分かるので、翻訳の仕事貰ってます♡」
にっこり笑いながら俺を見る。
こいつの要領の良さには本当に感服する。
尻尾を揺らしニコニコと出来上がりを待つチュン太が可愛い。
「お待たせしました。どうぞ。」
「ありがとうございます。」
チュン太は受け取ると、俺に緑色の蜻蛉玉の首飾りを渡してくれる。
歩きながらチュン太の蜻蛉玉を覗き込んだ。
「チュン太の蜻蛉玉も見せろ!」

「俺のはこれです。」
俺はチュン太にくっ付いて蜻蛉玉を眺める。
深い青から徐々にに空色になる。白と青が混ざった雲のような模様が印象的だ。
「綺麗でしょ?貴方の瞳みたい。」

そう言うと、チュン太は首飾りを身につける。
「高人さんのも俺の目の色ですね。」
「綺麗だろ?」
「貴方の方が綺麗ですよ。」
「何と比べててんだよ」
俺は苦笑する。
「さて、そろそろ行こうか。禊して着替えないと。」
俺も蜻蛉玉を身に付けて、チュン太を見た。
「家に帰るんですか?」
「いや、泉で水浴びして、そのまま舞台に行く。衣装は本殿にあるからな。」

「本殿?」
「舞台の奥に神様の仮住まいがあるんだ。」
「へぇ。そうなんですね」
そう言えば本殿は連れて行かなかったな。
「衣装も道具もそこにある。とりあえず泉にいくぞ」

チュン太は言われるまま俺の少し後をついて来た。

泉に着くと、俺は襦袢だけの姿になり泉の中心までザブザブと入っていく。
ちらりとチュン太を見るとぽやっと俺を見つめている
。俺は岸に戻るとチュン太に手を差し出す。
「上がりますか?」
チュン太は立ち上がると手を差し出してくれる。
その手をぐいっと引く。
「うわぁ!?」
どぽぉんッ
「あははは!ほらチュン太も身体洗え!」
泉に引っ張り込まれてびっしょりと濡れたチュン太が困ったように笑い俺を見た。
「後で乾かして下さいよ?」
「はいはい。」
俺は楽しげに笑う。
ふと、チュン太の発情期の事が気に掛かる。
「なぁ、もう俺から花の香りしないか?」
チュン太は俺に近づいてきて、腰を抱くように引き寄せると首元に顔を埋めた。
「…ちょ!そんな近づかなくても…ッ」
すんすんと匂いを嗅いでいる。
「うん…もう花の香りはしませんね。…これが本来の高人さんの匂いなんですね。」
チュン太は水の中で俺の尻を揉みながら、ずっと首筋を嗅いでいる。
「やっ…ちょ…揉むなァっぁっ」
「花の香りは凄く強引に引っ張り込まれて大変だったけど……これなら…俺のペースで楽しめそうです。良い香り。高人さん…」
チュン太はじっと俺を見て、口を開き何かを言おうととしたがぴたりと止まる。
「――あぁ、そうだった。神事が終わるまで言っちゃダメでしたね。早く言いたいなぁ。」
ぎゅぅぅっと抱きしめてくる腕が凄く嬉しくて涙ぐむ。

それはもう、言ってるのと同じだよチュン太。

俺はチュン太の首に腕を回して抱きつく。
「終わったら、楽しみにしてるからな。」



夜の帳が下りる。
灯籠と提灯の光が煌々と輝き、この日ばかりは夜でもとても賑やかだ。
露店の立ち並ぶ道から、山道にかけて、紙垂(かみしで)と提灯の吊るされた縄が張られている。

この大陸に住む、すべての者が見守る神事だ。

本殿の控室で、白衣(びゃくえ)に緋袴(ひばかま)を身につけ、千早(ちはや)と言われる舞衣を身につける。
龍の千早は種によって色が違う。俺は黒龍なので黒だ。光の当たり具合で紫にも青にも見える鴉のような衣だった。

魔力を操りやすくするために人の変化を少しだけ解く。流石に龍の姿では舞えないので、翼のみ元に戻す。

白衣と千早には背中に龍のために切れ目がある。そこからバサッと真っ黒な翼が現れる。
何度か羽ばたいて調子をみる。
「よし。」

チュン太は、外で子供たちの相手をしてもらっている。夜も暗くなってきたが、今日ばかりは子供達も外に出て良い事になっているので、お目付け役がいるのだ。
「さて、一年の始まりだな。」
体が一部龍化しているので、精霊や神気を感じやすい。周りには手伝いに来ている風の精霊が沢山居た。
毎年の事なので精霊達も思うよりも先に動いてくれる。
空の上では炎の精霊と風の精霊が集まってきている。
水を小さく分けて遠くに飛ばすために。

本殿から出ると神楽舞台に直通の廊下がある。
俺がそこに足を踏み出すと、精霊達が舞台を囲うように広がり、風を生み出す。

舞衣がフワリと浮く。

「先生ー!頑張って!」
「わぁ!先生綺麗!」
チュン太の周りに沢山の子供達がいる。チュン太に肩車された子が、花冠を持っていた。
チュン太は下から舞台に近づくとにこりと笑う。
「高人先生のためにって、子供達が作りました。」
舞台の縁に膝をつき、花冠を子供から受け取る。
「…ありがとな。」
その花冠を頭に乗せる。すると風の精霊たちが嬉しげに近寄ってくる。

精霊の好きな花か。これは良い贈り物を貰った。
精霊達もやる気十分だ。

お囃子の笛の音が辺りに鳴り響き、腹に響く太鼓の音が空気を振動させた。
笛の音に合わせ、すり足でゆっくりと。神に奉納する舞を踊りながら四方の桶の水を遊ばせる。
風を纏いその時を待つように、舞台の外へ、風と共にゆっくりゆっくりと広がっていく。

しばらくすると、空気が澄み渡り俺にしか見えない光の花が舞い散る。高天原から神がこちらをら見つめている。祝福の花だ。
あたりに神気が満ち始める。
鈴の音が次第に神気を纏いシャァァァンっと何処までも響いていく。
舞い踊る水は神気を含み退魔の強い力を持つ。

俺は大気に満ちる神気を言霊に織り込み、祝詞を捧げる。

―かけまくも かしこき たかまのはらに あらせられる あまたの おおかみたち―

祝詞が始まると、風の精霊が命ずるよりも早く水を絡めて舞い上がる。
四方の竹の鈴が一斉に鳴り始める。

村人達の、わぁ!!という歓声が上がる。

上空で花火のような音がし、水蒸気が発生した。
その霧は四方に広がるように霧散する。

―あやまちおかしけぬ くさぐさのつみごとを―

鈴を持っていない手を下にスイっと下げると火の精霊達が一斉に降りてくる。

―もろもろのまがごとを―

東に向かい鈴をひと凪する。シャァァンという透き通る鈴の音ともに、強く風が吹き、水飛沫は火の精霊によって忽ち霧にされ、それを風が勢いよく彼方へと運んでいく。

―あさのみぎりのごとく あさかぜゆうかぜの ふきはらうごとく―

次は南に西に北に…同じように鈴を振るうと竹の鈴が勢いよく鳴り、風と共に霧が運ばれてった。

―はらえたまいと かしこみ かしこみ もうす―

祝詞が終わると、シンと辺りが静まり返る。

俺は本殿に向き直ると膝をつき鈴を置く。
そして、深々と座礼する。
「今年も一年、どうか、つつがなく暮らせますよう、お守り下さいませ。」

見守る亜人達もみな、手を合わせて祈った。

こうして、今年の夏の祭事は幕を閉じた。




「はぁ…今年も終わったな。」
本殿の控室に引っ込んで、床に寝転ぶ。
「あー…ひんやり気持ちいい…」

毎年、神事の後は本殿に泊まり込んでいた。
神気は濃すぎて身体に負荷が掛かるので、舞の後はいつも身体が動かない。
「衣を脱ぐのも億劫だな…。あ、そっか…今日は1人じゃないんだ…」
ムクリと起き上がる。

そうだ、チュン太が居るんだった。
あいつはきっと待ってるから、行かないとな。
衣を脱ごうと紐を解く。

「高人さん…こっちですか?」
「ちゅんた…?」
ああ、よかった。チュン太に会えた。
嬉しくて嬉しくて、満面の笑みだ。
「高人さん、大丈夫ですか?」
控室に入ってきたチュン太が慌てて近寄ってくる。
「そんなに、身体に負担がかかるですか?」
「俺もまだまだヒヨッコって事だ。そんな事より、頑張った俺にご褒美は無いのか?」

抱っこをねだる子供のようにチュン太に手を伸ばす。
疲れてるのか、甘えてしまう。
まぁ今日くらい許してくれ。
チュン太は一瞬悲しげに眉を顰めたが、すぐに優しく微笑んでくれる。
「高人さん、よく頑張りましたね。えらいです。」
チュン太はゆっくり抱き締めて頭を撫でてくれた。

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