ラスボスが高人さんで困ってます!22
チュン太を見送った俺は、チラリとエイゼルを見る。
「……起きてんだろ?」
意地悪く話しかける俺に、エイゼルは身体を起こしてがははと豪快に笑う。
「いやーバレたか!熱すぎて起きてられんかったわ!」
俺は苦笑してエイゼルを見る。
「ったく、お前ここの頭なんだからちゃんとやれよ。ジジイになっても、こき使うって言ったろ?」
エイゼルとは150年くらいの付き合いだ。
俺は青年期から成長が止まったが、エイゼルはこうして歳をとり続けている。龍の血を飲めば不老長寿になるぞと言っても、それは自然の摂理に逆らうことになるからと断られてしまった。俺の古い友だ。
「准太とは番ったのか?」
エイゼルはニヤニヤとして俺に聞いてくる。
「いや……まだ。」
「なんだまた尻込みか。」
「うっせぇよ。俺だって色々考えてんだよ。」
俺がツンとしてると、エイゼルは笑う。
「後悔する前に、やりたい事はやっとけ。他人の事は二の次でいい。お前はそれをする権利があるからな。……なんだもう空か。ったく。」
エイゼルはまた酒を飲もうと瓶を口に当てるが、中身は既に空だったようで、不服そうに酒瓶をおろした。
……権利か。
そんな他人をどうこうする権利なんて俺には荷が重い。
「エイゼルの方が先に逝くかと思ったが、俺の方が早いかもな。」
100年。もうすぐ勇者が誕生する。勇者が現れたら、俺は魔王として戦い死ぬのが慣わしだ。
「はっ!お前がそう簡単に死ぬようなタマか。」
エイゼルは笑い飛ばすように言う。
「長生きしろよ。ジィさん」
俺はふふっと笑い、ヒラヒラと手を振って外に出た。
「お前もな。若造――!。」
けけけと笑いながら叫んでいる声が聞こえる。
「けっ。何が若造だ!50程しか変わらんだろうが!しかも俺のが年上だっ!」
一丁前に年上づらしやがって。
そう言いながら、俺は家に帰ってしっかりとした着物に着替える。夏物の紺の着流し白鼠色の羽織を着て、足袋を履く。
人間というのは見た目で力量を判断する傾向にある。
「まぁ、身だしなみは礼儀だしな。」
そこは人間に同意する。
帯は少し緩めに巻いた。もしも、命が宿っていたら苦しいかもしれないから。
柘榴石のブレスレットと、首にはチュン太の蜻蛉玉の首飾りを忍ばせる。蜻蛉玉を付けているとチュン太がいつも側にいるようでとても落ち着く。
「俺もチュン太の事は言えないな。」
一時も離れていたくない。そう思ってしまうようになってしまった。
「よし。これでいいか。」
姿見で身だしなみを確認して外に出る。
夕陽が空を紅に染めあげる。
普段ならもうチュン太と夕食を食べている時間だ。だが、今ここにチュン太は居ない。
そう言えば、発情期が残り1週間残っているんだった。気をつけないとな。
「さて、宣教師様の話を聞きますかね。」
俺はカラカラと下駄を鳴らして村を見て周りながら集会所へ行く。どうやら村の女子供の避難は終えているようだ。
「チュン太に任せて正解だったな。あいつなら安心だ。」
俺はふふと笑いながら集会所へ向かった。
しばらくすると、漆喰で塗り固められた壁が見えてくる。この村の集会所は、この国に住む者が集うので、村はずれに大きく作られている。
いわば、ひとつの屋敷のような場所だ。管理するものが数名住んでいるので、とても手入れが行き届いている。大門に到着すると、ゆっくりと大きな木戸が開く。
「長、お待ちしておりました。」
ずらりと見張り組以外の亜人が並び出迎えてくれる。
「お客人は……?」
「大広間に。」
「分かった。皆は持ち場へ。不審な動きをする者は捕らえて構わない。」
「はっ」
大広間に入り、上座に座ると、目の前には青い礼服を纏った金色の髪の男が、優しく微笑みかけてくる。なにやら甘い香りがする。
ここからは、俺はこの国の王であり、あちらにとっては魔王という立場だ。
「遥々西から来られた宣教師殿よ。我が国は祭る神が既にあるのだが、何用で来られたか。」
青く澄んだ目、黒髪に七色に光る水晶の角は、黒龍の特徴だ。冷たく相手を見据えて言う。
「我々は。貴方を助けに参りました。」
宣教師は深々と頭を下げる。
……助けに?眉を顰める。馬鹿にしているのか。
「ほう。こちらは助けなど乞うた覚えは無いが?」
にこにこと笑う宣教師に腹が立ってくる。
「魔王や勇者などという野蛮な風習はやめにするべきだとは思いませんか?我々は年々頭数を減らしていく龍を救いたいのです。」
なんだこの違和感は……。気持ちが悪い。
ああ、これがチュン太が言っていた、『すべての命を愛する教え』か。
「余計なお世話だ。我々龍の運命を其方らが語る理由は無い。」
「このまま放っておけば、龍は絶滅してしまいます。身体の全てが至宝と言われる龍が乱獲される事は避けねばなりません。我々の管理下に入り計画的に頭数を増やしていくべきでしょう。今はもう、貴方が最後の一頭だと聞いております。」
なんだこの余裕のある笑顔は。まったく話も通じない。
「我々は、貴方を保護する準備がございます。さぁ、一緒に参りましょう。貴方がこちらに渡れば、勇者との諍いも無くなりましょう。」
甘い匂いが濃くなる。チラリと宣教師の後ろに香炉が見えた。何か薬を焚いている。
コイツは危険だ。
俺は眉を顰めて相手を睨みつけると、言霊を使うために声を出そうと口を開く。
「…………っ!!」
声が出ない!?
ハッハッと呼吸が漏れる音がするだけの喉に触れて、立ちあがろうとするとバランスを崩してドタンッと倒れてしまった。
な、なんだこれ………。外の見張りは??村の者はッ!?
「無駄ですよ。この香は魔獣の嗅覚では刺激が強すぎてあっと言う間に意識を失ってしまいます。そろそろ村中に香を焚き終えた頃でしょう。」
宣教師は立ち上がり、こちらに寄ってくると、ニコリと優しく微笑む。
「大丈夫です。怖くありませんよ。」
動物か何かの頭を撫でるように髪に触れられる。
このイカれ具合を知っていたからチュン太は止めたんだ…。忠告を聞いておけばよかったと今更ながらに後悔する。
ガタガタと周りに人が集まってくる。身体が重くて力が入らない。
無理やり起こされて抱き抱えられる。
何かを着せられ袖を通されると、腕を組むとように固定されてしまった。
口には猿轡をはめられ言葉を出せないようにされ、ご丁寧に麻袋に詰められて、姿を隠されてしまう。
俺は軽々と担がれる。恐らく船へと連れて行かれるのだろう。
「しかし、さすが龍だな。この香りで意識を失わないとは。」
宣教師が言う、周りには沢山の人間の気配。
「魔力を封印する枷は如何されますか。」
「香を抱いておけば大丈夫だろう。」
「村に女子供がおりませんが……」
「目的はこの龍一頭の保護のみです。あとは良いでしょう。さぁ、帰りましょう。この状態ではこの個体にも負担がかかる。」
話し声だけははっきり聞こえる。
好き勝手言っているコイツらに腹が立って仕方がない。
とは言え、村人は傷付けないようだし……そこは安心した。子供達をチュン太に預けておいて良かった。
担がれた衝撃で腹が押される。俺はビクリとする。もし、もし腹に子が宿っていたら……。
だが声も出ない身体も動かない。今はぐっと我慢するしかない。
船に乗せられ、船室に香炉と共に閉じ込められる。
麻袋を取られ、涙目で先程の宣教師を睨みつけた。声は出ない。
「……ふっ……ふっ」
「怒らないで下さい。私は貴方を助けたいのです。」
慈愛に満ちた眼差しにゾクリと悪寒が走る。
「私たちに慣れるまでは、このままになりますが、きちんとお世話しますからね。」
お前らに世話などさせるかと、ギッと睨みつけると宣教師は笑いながら部屋を出て行った。
身体が動かない。
どうにか、あの香炉を……。
俺は翼と尻尾の変化を解く。拘束具には翼が生えても破れないように翼を出す穴まで作ってある。
まったくご丁寧な事だ。
声に出さずとも、この姿なら精霊に頼み事をするくらいはできる。心の中で呼ぶ。
…風の精霊よ。
ふわりと俺の周りの風が動き、精霊達が姿を現す。
『たかと、たいへん』
『なにしたらいい?』
船内に居たのは俺について来た2人。
俺は少し考えて、じっと2人を見つめる。
妖精達はこくりと頷く。
『わかった。いってくる。』
『つれてくる。やさしくする。』
風の妖精は戸の隙間から出て行ってしまった。
無事に伝わりますように。
ギシっと船が揺れる。ああ、出港するのか?
帰りの食料や水も提供したのに……恩を仇で返す。それを悪いとも思って居ない。
そこらの悪党よりタチが悪い。
霧に入る前に……どうか間に合ってくれ。
猿轡が唾液を吸い込み…気持ちが悪い。力が入らず尻尾も翼もクタリとする。
するとまた、あの宣教師がやってきた。
今度はなんだと思ったら、隣には医者のような者がいる。
「キミの性別を調べておこうとおもってね。おや、尻尾と翼を出したんだね。すごいね。綺麗だ。」
宣教師は相変わらずにこやかに言う。
そして枷を取り出したかと思うと、足にガチャリと嵌められる。
ズンと身体が重くなる。
「魔力を封印する枷だ。龍化すると言葉が無くても魔法が使えてしまうらしいからね。」
俺は愕然とする。
こんな簡単に力を封じられるのか。
「さぁ、仰向けになって?」
身体の力が入らない俺はされるがらままだ。翼と尻尾を丁寧に避けられて、仰向けにさせられ、膝を曲げられる。
「……っ!?」
着物を捲し上げられ、下着を脱がされる。
「ああ、雄だね。」
聖教師はにこりと笑う。
「………………ッ!」
コイツらは俺を本当に動物か魔獣くらいにしか考えてないんだ。こんな……コイツらの方がよっぽど怪物じゃないか!!
怖い……怖いっ………チュン太!!
「じゃあ次は、性転換の有無を。龍は個体数が減ると稀に雄から雌になるからね。」
医者のような人間が俺の足を押し上げ秘部に何かを塗りつける。
涙が溢れてくる。
やだ!ちゅんた……っチュン太!!
ぎゅっと目を閉じると涙がボロボロとこぼれ落ちる。
見えないが、足元で何かカチャカチャと音がする。
怖くて怖くて息ができない。
「龍よ、力を抜きなさい。」
足をぐっと開かれ、秘部に何かが差し込まれる。
「ふ――――っ…ふ――――っ」
押し広げられ、何かの器具が奥に差し込まれると、ビクリと身体が跳ねた。
ビリビリとした快感が身体を襲い、ぎゅっと瞳を閉じた。
「……転換していますな。雌の器官が出来ています。しかも交雑した形跡も……。ああ、発情期だな。」
カチャカチャと器具を動かしながら医者みたいなやつが言う。
「ほう。交雑ですか。種の保存としてはあまり良くないですね。」
早く、それやめてほしい……。中で何かが動くたびに身体が快感に震える。刺激された事でドロリと愛液が漏れ出す。発情期の昂りに火が付いてしまう。
「ほう。これはこれは。」
器具を取り出すと、ぷちゅっと水音がする。
やっと器具が取れた。
「……ふっ……ふっ……」
すると今度、じゅぷっと指が中に入ってくる。
「…………っ!!?」
「体液のサンプルを貰っておきましょう。」
じゅぶじゅぶと指を抜き差しし、的確に気持ちいい場所を狙ってくる。
チュン太のじゃない。しらない。ちがう。なのに身体はなんでもいいみたいに快感に忠実だ。
「……っ!――――――ッ!!!」
ビクンビクンと身体が跳ねると白濁が出る瞬間に何かの瓶に取られる。そのまま何度も何度も良い場所を刺激され、身体が快感から降りてこれなくなった頃に快楽地獄から解放された。
「フ――――ッフ―――――ッ」
涙と体液でぐちゃぐちゃになり、ビクビクと震える俺をよそに、取れたサンプルを大事そうに整理している。
「ありがとう龍よ。これで研究が進む」
爽やかに笑う人間たちにゾクリと悪寒が走った。
いやだ。いやだっ!
チュン太助けて。
ドォォン……ギギギッギギギッ
「なんだ!!?船が!!」
船が倒れるんじゃないかと思うほどに激しく揺れ始める。外は雨と雷で酷い天候だ。
「そんな!ヘルクラウンに入ったのか!?私は様子を見て来ます!貴方はここで龍の側に!」
宣教師は慌てて状況を見に行く。
違う。チュン太だ。チュン太が来た。
右に左に揺れる船は、香炉もひっくり返してくれた。
もう新たに香炉が香りを発する事もない。
「ふ……ふ……」
揺れる船内で両腕を拘束された俺は、何かに捕まる事もできずに、必死に揺れに耐える。
すると船室に残った医者のような人間がヨタヨタと近寄ってきた。
「龍よ。最後にお前に触れさせてくれるかい?魔獣を研究して、ようやく出会えた龍だ。一度だけ。いいだろう?」
恐怖に目を見開く。気持ち悪い。
触るな!来るな!!!
必死に人間から逃げようとしていると、廊下から悲鳴が聞こえ始める。その悲鳴の中を走り抜ける足音がこちらへ近づいてくる。
チュン太!ちゅんた!!助けて!
涙を流しながら戸の方を見つめる。
足音がこの部屋の前で止まったかと思うとガチャリと中に入ってくる。
「高人さん!!ここですか!?」
……来てくれた。
俺はポロポロと涙をこぼす。
チュン太は俺を組み敷くようにベッドに登ろうとする人間に殺気を向ける。
「魔獣!?なぜここに!?」
「貴方方がウチの長を攫ったのでしょう?」
俺の目の前を剣が飛んできたかと思うと、触れてこようとした人間を串刺しにしてしまう。
ゆっくりと床に倒れていく。
返り血が俺の顔にピッ飛んでくるが、今はそんな事どうでも良かった。
「…………っ!……っ!!」
涙を流して彼を見つめる。
着物は乱され、拘束具で身体を縛られ、さらに猿轡までされている俺の姿を見て、チュン太が目を見開く。
「すぐに出ましょう。」
剣を死体から引き抜き、血糊を振り落とすと、鞘に納めて背中に背負う。
チュン太が猿轡を外してくれるが、俺は声が出ず口をはくはくと動かすばかりだ。
「……ちっ……大丈夫。多分、一時的だ。無理しないで……」
眉を顰めて悔しげに舌打ちすると、彼は俺の頬に触れてくれた。
ふと、ベッドがビシャビシャに濡れている事に気が付いたチュン太が拳をギリリと握った。
依然として船は大きく揺れ、支えのない俺は揺れに身を任せるしかない。
「…………っ」
チュン太は俺に自分の羽織ってきたマントを被せて包み、横抱きに優しく抱き上げてくれた。
船室を出て暴風雨の中、船から飛び降りると風に巻かれて浮かび上がる。
「風の精霊も必死ですよ。貴方を助けたい一心です。……俺もですけどね。」
チュン太はこちらを見ずに、前方の大嵐になす術もなく踊り狂う船たちを見据えて言う。
彼がボソリと何かを言うと、雨の勢いが増して雷が一隻一隻に直撃し始める。風も加勢して、船を薙ぎ倒していた。
チュン太はバタバタと着物や髪が風に煽られている。
だが俺にはほとんど雨風は当たらない。
チュン太は冷たく海を見下ろす。
「すべてここで沈んでもらいます。この団体は瑞穂には辿り着けなかった。元々難破船の多い海域だ。俺達はコイツらを知らなかった事にすれば丸く収まります。」
……彼の抑揚の無い声が恐い。
暴風雨で全身ずぶ濡れになりながらも、船がすべて沈み、全員が確実に死んでいくのを確かめているようだった。
そして、チラリと俺をみると眉を顰める。
「……だから言ったんです。陸に上げるべきじゃ無いって!」
チュン太は厳しい表情で俺に怒りをぶつけてくる。
俺はビクリとし、ただ涙を流しながら見つめる事しかできなかった。