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「自己中心的利他」の教訓:スイミーの物語からの洞察

絵本「スイミー」のラストシーン、ときどきこの場面が好きだとか、組織の理想のあり方だ、と書いたり話したりしています。

なぜだか、ある日、スイミーのことを思い出したのです。あれこれ組織の課題を解決しようと考える中で、記憶と結びついたのでしょう。

どんな話だったかさらに思い出そうとして検索すると、スイミーの読み聞かせ動画が出てきました。

見てみると、思わぬ発見がありました。
記憶していた物語と違っていたのです。

本当のスイミーの物語は?

スイミーは、黒い魚です。そのことを活かして、自分が目の役をすることを申し出て、みんなと大きな魚の姿を作ったのだと思っていました。

ところが、そうではありませんでした。
スイミーは「泳ぎが得意な魚」です。そこで、他のみんなが大きなマグロに食べられないように、泳ぎ方を教えて、大きな魚に見えるような群れを形成できるようにしたのです。

そうすれば、みんなも岩の影から出て、海の素晴らしさをあらためて発見できるだろうと考えました。

スイミーが目になるのは、最後の最後です。みんなが、大きな魚のふりをして泳げるようになったのを見てはじめて「ぼくが めに なろう」といって、目の位置に収まっていきます。

つまり、最初から目になろうとしたのではないのです。泳ぎが得意だという強みをみんなのために活かして、その結果、自分の新たな居場所を見出したのです。

リーダーが陥りがちなエラーとすれ違い

もし、最初から「ぼくが めに なろう」といって、みんなを指導していたらどうでしょうか? きっと、うまくいかないですね。「スイミーが黒いからといって、なぜ、それに自分が合わせないとならないのか」と反発する魚がいるからです。

その反発はごく自然なことだと思います。でも、私たちは自分を中心に考えてしまう。相手の立場に立つというのは、言葉でいうほど簡単ではありません。

経営者の多くが、時にこのエラーを犯します。無意識に「自分が社長だから」周囲がそれに従うものと思ってしまいます。それは、責任感の表れでもあるのですが、一歩間違えると、独りよがりです。ところが、それは表面化しません。なぜなら周囲が忖度するからです。

一方、忖度するのは、さまざまな課題に対する意思決定を委ねてしまうからです。その方が楽です。ただ、それでいながら、時に社員からの反発があり、独りよがりが表面化します。そして、それを今度は、社員が勝手なことを言っていると経営者が思ってしまう…。

不幸なすれ違いです。

「スイミー」の教訓:自己中心的利他の意味

スイミーがみんなに泳ぎを教えようと思ったのは、みんなに岩陰から出てきて、海の素晴らしさを楽しんでほしいからでした。かつて自分がマグロに襲われて、仲間と離れ離れになり、それでも、一人で旅をする中で、海の美しさを再発見したからです。

みんなにも、海の素晴らしさや勇気をもって外に出ることの大切さを分かってもらいたい。その気持ちからの行動です。みんなのための行動ですが、それ自体がスイミーにとっての喜びでもあるわけです。

「自己中心的利他」という言葉があります。誰かのために役に立つことが、自分の喜びになっている状態です。

出典:『アオアシに学ぶ「考える葦」の育ち方』仲山進也(著)

喜ばれることをやっているだけだと「自己犠牲」。やりたいことだけだと「自己満足」。やりたくて得意なことをやっていると、喜ばれるのが「自己中心的利他」です。

さらに願わくは、個人個人の仕事の喜びが、組織の目的とつながっていることが理想です。一人ひとり、考えていることは違うけど、どこかで目的がつながっていて、働きがいを感じている状態です。

この状態になることは、簡単ではないでしょう。仮にできたとしても、継続することもまた難しい。状況は常に変わっていくからです。そこには、矛盾や葛藤、混乱があるでしょう。

変化と葛藤から学ぶ組織の進化

そうした葛藤を糧にできるかどうかが、学習して進化し続ける組織になれるかどうかの分かれ道だと思います。

意外かもしれませんが、組織が安定することを目的にしてもうまく行きません。なぜなら、人間は常に変わる生きものだからです。組織も同じです。川の流れのように、一定ではないのに、ある種、安定しているように見えているに過ぎないのです。

そのような中で経営者が常に問わなくてはならないのは、「組織の目的を実現するために、自分自身がみんなの役に立てているか」ということです。そのような自己中心的利他の探求を、私も実践していきたいと思います。

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