人を育てるよりも、お客様に喜ばれる商品・サービスを育てよう
企業の人材育成において、人は育てるものか、育つものかといった話題になることがあります。わたしは「育つ」の方だと考えています。正確には、「育つようにする」です。松下幸之助さんは、世の中は、常に未来に向けて生成発展しており、その中でわたし達が事業活動をしている認識を持つべきだとおっしゃっています。つまり「お客様や社会の未来に貢献する事業と共に人が育つ」ということなのではないかと思います。
少しテクニカルな話をしながら深掘りしてみます。『経験学習モデル』という考え方をご存知でしょうか?
経験学習モデルは、デービッド・コルブが提唱している学習モデルです。人は、経験したことを振返り(内省)、「つまりこういうことが大事だな」とまとめて(概念化)、それを新たな場面で試行します。その結果、さらなる経験が得られるという循環モデルです。このような循環を促進することで経験から人は学びます。
では、循環を促すにはどうしたら良いでしょうか。ここで、経験学習モデルを左右の二つに分けて考えてみます。左側の「経験」「試行」はアクションを伴います。つまり実践です。一方、右側は立ち止まって学ぶ行動です。これがないと、実践したことはそのまま流れていってしまいます。いわば、左側は「フロー活動」で、右側は「ストック活動」となっているのです。
「フロー」「ストック」というと財務諸表を思い浮かべる方もいるかと思います。よく、PLはフロー、BSはストックと言われますね。
ざっくりいうと、お客様への商品・サービスの提供というフロー活動を行った結果、期末にストックを増やすことができていれば企業が成長したと言えます。成長は、お金を増やせたということもありますが、社員の仕事の能力が向上した結果と捉えることもできます。こういう観点からも、人を育てたいのなら、お客様に喜んでいただく商品・サービスを提供しつづけることが大切だと言えるのではないでしょうか。
よく「研修は研修、仕事は仕事となってしまっている」という声を聞きますが、それは、お客様への貢献という視点を欠いていることを表しています。また、ごくたまに「思ったより利益が出そうなので、今年度中に研修をやりたい」という依頼をいただくこともあります。利益が出そうなので、税金にとられたくないから研修に使うという発想です。こうなってくると本末転倒で、急に研修に呼ばれた社員は、時間の無駄としか感じません。そもそも自分の手元にお金があればよいという発想です。利益を使って、世の中に貢献するという志がないのです。
トヨタ自動車の2020年3月期の決算が発表になりました。その中の豊田章男社長のスピーチが印象的でした。
私たちが「石にかじりついて」守り続けてきたものは、「300万台」という台数ではありません。守り続けてきたものは、世の中が困った時に必要なものをつくることができる、そんな技術と技能を習得した人財です。
こうした人財が働き、育つことができる場所を、この日本という国で守り続けてきたと自負しおります。コロナ危機に直面した今でも、この信念に一点のくもりもゆらぎもございません。
決算発表において、業績の見通しだけでなく、自分たちがどのように社会に貢献するのか、そのことを通じてどのような存在であり続けたいのかを語っておられます。こうした誰かの役に立とうとする志が、人の原動力になるのだと思います。そして、原動力によって生まれるフローを、立ち止まってストック資源にしていくことの積み重ねが、わたし達の生成発展を支えるのだと思います。