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その「なぜ」は、「頭」で考える問い? それとも「心」で向き合う問い?

経営者は、進む方向を定めていく意思決定が求められます。やることを決め、やらないことを決めます。組織の方向づけです。このとき、忘れてはならないのは、方向づけだけではなく「意味づけ」です。なぜ、わが社はそれをやるのか、やらないのかについての意味づけです。このときの「なぜ」には2つの種類があるように思います。

頭で理解する「なぜ」

一つは、頭で理解する「なぜ」です。この方が速いから、高いから、安いから、簡単だからなどなど、メリット・デメリットを明確にすることで、「なぜ」に対する「だから」を見出します。この場合、前提が定まっていて、判断軸もすでに形成されています。

ただ、この判断軸は暗黙の了解のようなことも多いです。経営者が当然のように「だから」と思っていることが、社員にとっては「だから」ではないようなことがあります。持っている情報や経験、知識の多寡によって現れるギャップです。

暗黙になっている状態だと、忖度のようなことが起こります。ベテランで経営者の好みや考えをよく分かっている社員が、「こうしたほうが社長への通りが良い」と”教育”してしまうわけです。結果として、内向きの組織文化となってしまいます。こうなると経営者には、生の情報が入ってきません。裸の王様状態です。

たとえ、そのような状態であっても、変化を前提としない事業ならばうまくいくかもしれません。あるいは、経営者がすべてを把握していれば、うまくいくでしょう。ただ、事業環境は常に動いています。経営者の持っている情報は常にアップデートされる必要があります。また、目の届かない範囲については、権限移譲をして社員が判断し、行動する必要もでてきます。その結果、社員の情報もアップデートされるでしょう。

情報を互いにアップデートし、共有しあうことが必須の世界になった、VUCAだ、といわれて久しいです。そのためのツールも進化してきました。それでも、まだまだこうしたコミュニケーションには改善の余地があります。

心で理解する「なぜ」

そこで大切なのが、もうひとつの「なぜ」です。それは、心で理解する「なぜ」です。「”だから”私たちはこれをやるんだ」あるいは「”だから”やらないんだ」と納得するような意味づけです。頭で理解する「なぜ」以上に見えづらく、ツールでは表しきれない暗黙知の世界です。どんなに情報技術が発達しても、この部分は一人ひとりの心の問題です。経営者やリーダーは、ここに踏み込んでいくことが求められ続けるでしょう。

この心で理解する「なぜ」に対する「だから」は、頭で理解する「だから」と違う点が二つあります。一つは、意思決定事項について説明を受けた側が「だからなのか!」と気づきを得る点です。結論ではなく、前提となる価値観を理解し、納得するわけですね。もう一つは主語です。その気づきは自分だけではなく「私たち」が目指すこととして捉えられます。

「私たちは」というと、内向きのようにも見えます。実際、気をつけないとあっという間に同調圧力に屈する事態があちこちで出てくるでしょう。経営者自身が、お客さまの方を向いて「なぜ、これをやるのか、やらないのか」と自問自答しアップデートしないとそのようなことが起こります。また、経営者の姿勢は、社員に大きな影響を与えます。その姿勢を見せることで、社員もお客さまの方を向いて、自分たちを高めて行くことに意義を見出すのです。

成長のパラドクスに向きあう「なぜ」を探求する

社歴が長く、安定的に成長してきた企業ほど、この「なぜ」の質が問われます。成長を支えた強みや組織能力があるのは確かですが、アップデートする機能が失われているケースが多いです。

安定的な成長を求めるなら、ある種の葛藤や混乱がその糧になる。そんなパラドックスに向きあう「心」の使い方を探求していきたいと思います。

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