私が教えたのはサッカーじゃない
「全世界でコロナウィルスが蔓延しています。」
「感染防止の観点から、〇〇は中止が決定しました。」
このニュースや通知が頭に入るたびに、
どれだけの人が落胆し、どれだけの人が夢を諦めざるを得なくなったのだろう。
ーーーー私たちも、それに含まれている。ーーーー
中学時代の私。
サッカー部に所属し、2個上の代が全国大会に出場するなど、県屈指の名門校。
当然練習はキツい。朝練、土日の練習試合、走り込み。顧問の怒号。
嫌になることはもちろんあった。
でも、強い相手を倒した時の達成感。よいプレーができたときの充実感。
仲間と過ごしたかけがえのない日々は、嫌な思い出を完全に上回っている。
当時の顧問の先生には、本当に感謝している。
厳しさの中にも愛を持って接してくれたおかげで今の自分がいる。
あの中学時代がなければ、もっとくだらない人生になっていたかもしれない。
中学卒業後、ひとつの目標を決めた。
「サッカー部の顧問になって、最高のチームを作る。」
当時は何が『最高』かなんて、もちろん考えていない。
勝ちを求めることだけが価値だと思っていたかもしれない。
でも決意した。教員になろう。そして、最高のチームを作ろう。
平成29年4月、私はある中学校に赴任することが決まった。
大学時代、精一杯努力した結果つかんだ職業である。
大変なことは多々あるだろうけれど、毎日生徒のために頑張ろう。
そう決意したのを今でもはっきり思い出せる。
校内人事の関係で、経験していないスポーツの担当になることが少なくない中、
私は運よくサッカー部の顧問になることができた。
しかも、部員の数も1学年で15人程で人数もちょうどいい。
さらに、もう少しで地区大会を突破できる発展途上のチームで、
やり甲斐のあるチームに出会えた。
チャンス。
最高のチームが作れるかもしれない。
夢が叶うかもしれない。
とはいうものの、初年度からそんなに上手く物事が運ぶわけでもなく、
次々起こる数々のトラブル。
まとまらないチーム。
強くならないチーム。
顧問(監督)として、とても不甲斐ない思いをした。
「何故うまく行かないのか。」
悶々とした中、ひとつの仮説を立てた。
「目の前の勝ちだけにこだわらないこと」
「人として本当に大切なことを徹底すること」
一見サッカーには関係ないかもしれない。
でも、ここは公立中学のサッカー部。プロを目指す集団じゃない。
今受け持っている選手の中で、サッカー選手としてお金を稼ぐ人はどれくらいいるだろう。きっといない。いたとしても1人が限界だろう。
いつかは必ずサッカーを離れて、社会人として生きることになる。
人として大切なことはなんだろうか。
それを伝え続けるのが、私の使命だ。
新チームになり、チームの方針を決めた。一人一人に求めた。
『100%全力でやること』
至ってシンプルだが、そこにチームの哲学が存在している。
暑い日もある。寒い日もある。
モチベーションが上がらない日だってある。
強い相手と試合をする日もあれば、8人しかいないチームと試合をする日もある。
どんな状況でも、プレーする時には全力でやり切ること。
そして、以下の3つも求めた。
・挨拶
・返事
・整理整頓
サッカーには、オフ・ザ・ピッチという概念がある。
サッカーのピッチ内だけでなく、ピッチ外でもサッカー選手として誇りを持って生活してほしいとの願いからだと思う。
オフ・ザ・ピッチの約束事を徹底すると、
・自然と「勝ちたい」という気持ちをプレーや声で表現する選手。
・上手じゃなくても、オフ・ザ・ピッチでチームに貢献する選手。
・子どもたちの為に、試合の引率や審判を手伝ってくれる保護者。
・サッカー部の活動を応援してくれる他の教員。
どんどんチームがまとまり、
勝ちに向けて切磋琢磨できるチームになっていった。
週末は試合やフェスティバルに参加し、
試合での課題をチームで共有し、平日練習のテーマを決めて取り組んだ。
実際に、クラブチームや強豪校との試合に競り勝ったことも。
3年生最後の大会に向けて、順風満帆。という矢先。
突如襲った新型コロナウィルス。
全国一斉休校に伴い、部活動も当然停止を余儀なくされてしまった。
彼らは、そのまま引退した。
勝って嬉しい。負けて涙を流す。
その両方の感情ごと奪われることになるとは。
悲しいし、やるせない気持ちになるし、
このまま卒業させてしまうことに、何もできずにいたことに不甲斐なさを感じた。
卒業式前日、彼らに話をする機会を得た。
思いの外、彼らは清々しい顔をしていた。
受験を終えた満足感からだろう。
彼らに、部活動から学んだことは何かスピーチをさせてみた。
・勝利よりも大事な仲間を得ました。
・整理整頓をすることで運が回ってくることを実感を伴って学びました。
・挨拶をしていると自然に人間関係が良くなりました。
・全力で目標に向かう日々は楽しかった。
・高校でこの悔しさをぶつけたいと思います。
いつの間にこんなに成長したのだろう。
コメントが全て前向きだ。
3年間賭けていた目標を根こそぎ奪われたにも関わらず。
彼らと話をするたびに以前に立てた仮説が正しかったと思えた。
『私が教えたのはサッカーじゃない。人間力だ。』
サッカーを通じて、コミュニケーション能力を学ぶ。
サッカーを通じて、リスペクト精神を学ぶ。
サッカーを通じて、やり抜く力を学ぶ。
サッカーを通じて、仲間を信じることを学ぶ。
サッカーを通じて、感謝を学ぶ。
全てより良い人生にしていくために大切なことじゃないか。
サッカーは、勝ってこそ価値があるとずっと考えてきた。
しかし、今は違う。
『人間の成長は、結果を目指す過程にこそ』
大会は中止となった。目標も達成していない。
それでもいい。
彼らは確実に成長したから。
この3年間の経験は、彼らの人生に間違いなく良い影響を与えるだろう。
今後の人生の全ての取り組みに、転用してもらえることを切に願う。
間違いなく、彼らは最高のチームだ。
ーーーーーーーーー後日談ーーーーーーーーー
令和3年4月、私はサッカー部を受け持った中学校を去ることになった。
そのことを卒業生に伝えると、感謝のメッセージがたくさん届いた。
生徒からも、保護者からも。
その一部を紹介したい。
こんなメッセージをもらってしまったら、
無条件で応援したくなるに決まっている。
教え子よ、幸あれ。