身堂蛇蝎の人間らしさが好き:「神州無頼街」ネタバレあり感想
「神州無頼街」大阪公演を見に行ってきた!
観劇1.2回目までは舞台のド派手な演出や歌、予想外のシナリオに圧倒されて「わ〜〜楽しい〜〜!!エンタメ浴びてる最高!!」っていう感情で埋め尽くされていたものの、3回目辺りからようやく物語を咀嚼できるようになった。
物語をよく考えられるようになって一番に思ったのが、「身堂蛇蝎という男、下手したら劇中で一番人間臭い男なのではないか??」ということ。
蛇蝎は麗波と共に、永流と草臥の前に立ちはだかる悪役で、劇中の言葉を借りると「化け物」のような人物として描かれているけど、観れば観るほど蛇蝎の人間らしさに惹かれて。蛇蝎は「恋心に忠実に生きた男」だと思うんですよね…
物語の中で蛇蝎は、麗波のことを「お姫様」って言ったり、「恋路」、「惚れちまった」等の言葉を使ったりしてるのがとても印象的だった。
よくよく見ると至るところで麗波への愛を感じる。
2幕のはじめに、永流と草臥に蛇蝎夫婦になった経緯を話すところでも、麗波が男性から女性になったという話を聞いた草臥がそれを「馬鹿なこと」と言ったときに間髪入れずに「吠えるな吠えるな」と遮っている。麗波に対しての「馬鹿なこと」と言う言葉を聞いてから「吠えるな」て草臥を脅しにかかるの、麗波のことを冒涜されるのが嫌だったんだろうなぁって。
永流が麗波を刺したところでは、自分もボロボロで倒れていたのに取り乱し叫びながら麗波に駆け寄る姿、麗波を刺した永流に飛びかかる姿。その姿には「愛する人が傷つけられた」っていう純粋な動機しかないところが、すごい人間らしいなって思った。
また、「神州無頼街」の戯曲も購入したけど、はじめに出来上がった本が戯曲本になっているから、今回の舞台はちょこちょこ台詞が変わっていたり場面が切り取られていたりするので、本と舞台の違いを見比べるのも楽しい。
蛇蝎の台詞で本との違いが印象的だったのが、蛇蝎と麗波が夫婦になったきっかけの御影童子と永流父の戦いを歌う場面。劇中では歌になっていたけど、戯曲では台詞で事の経緯を説明している。戯曲本では、蛇蝎は麗波の冷酷な目に「魅せられた」と言っている一方で、劇中歌では「惚れちまった」という表現に変更されている。歌にするに伴いうまく音にはまるように言葉を変えたのかなとも考えられるけど、あえて「惚れちまった」に変更したなら、より蛇蝎の麗波への恋心が前面に出るようにしたのかな〜と勝手に妄想。
高嶋さんの演技で印象に残っているのが、物語終盤、無頼街の人達の避難を手助けする揚羽にかけた「俺と道を違えるか、揚羽」っていう台詞。物悲しそうな表情で、ポツリと呟いているように見えた。(千秋楽で気づいたので、それ以前の演技はどうだったか分からない)
人を殺すことに喜びを感じ、そのことで頭がいっぱいの麗波とは対照的に、築き上げてきたものがなくなってしまう、失ってしまう悲しさみたいなものは蛇蝎は持ち合わせているんじゃないかなとそれを見て思った。そういうところでも人間らしさを持ち合わせているんじゃないかなと。
蛇蝎の行動動機はすべて麗波に通じていると思うんですよね。草臥の「なぜヤクザになった」という問いに、「一度降りた人の道、せっかくなら落ちるだけ落ちる」と答えていたけど、言い換えるとそれは自分が「惚れちまった」麗波の「冷酷な目」を隣で見続けるためとも捉えられるのではないかな〜と。
とりとめもなく終わり!笑