うまくいかなかったということは、何かをしたということだ
私には応援している人がいる。
推しの芸人さん、夢に向かって進んでいる人、年に一度のチャレンジを何年も繰り返している人。などなど。
「応援している」ということは、当然、うまくいってくれることを願っている。でも、いつも人生うまくいくわけじゃない。滑ったり転んだり。思い描いたように物事が進まなかったり。
でもその「うまくいかない」姿を見れば見るほど、応援したくなる。「応援」とか「推し」とかはそんな存在だと思う。
本人たちはものすごく傷付いていると思う。かっこ悪いと思ってるだろうし、恥ずかしい気持ちもあるかもしれない。悔しさやもどかしさや苛立ちも、どうしていいか分からないほど渦巻いてるかもしれない。
でも、応援してる側から言うと、うまくいかなかったのは何かしら行動を起こしたからであって、行動すら起こさない人には失敗すら起こらない。
だから本当にすごいと思う。心から尊敬している。
私はつい「うまくいかなかったどうしよう」と考えて、行動することをやめてしまいがちで。妄想の中でニヘニヘしている間は失敗も何もないので、そこに安住してしまって。何年もそんな感じで過ごしてきた。
これから私も何かはじめようと思っているけれど、批判されるんじゃないか、損するんじゃないか、期待に応えられないんじゃないか、などなど、ありとあらゆる「うまくいかないパターン」だけが頭に浮かんでくる。
なので、そんな時は、今応援してる人たちが、うまくいかないけれどやり続けてる姿を思い出すことにしようと思う。
できれば、私のうまくいかないところを見て、応援してくれる人が現れたら嬉しい。
どうせなら、盛大にコケることにしよう。その方が後で大きな笑い話になりそう。
怖いけどね。