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Photo by
futen_seisuke
動物病院のカルテ 二つの穴
「可愛いから、チュッてしちゃうんですよね」
悪戯っぽい顔で山田夫人はそう言って、ペロリと舌を出しました。
「やっぱり本当は良く無いんですよね?」
確かめるような問いかけに、羽尾先生は申し訳なさそうに言いました。
「そうですね、止めておいた方が良いでしょうね。ショコラちゃんが可愛いのはわかりますけど、やはり人とは違いますからね」
人が犬とキスをして良いか?
口移しで食べ物を与えて良いか?
そんな話になる時に羽尾先生の頭には、歯科学と発生学の講義を受けたときの講師の話が、それぞれほとんど同時に浮かびます。
歯科学
「犬の口の中には、正常でもものすごい数の細菌が生息しています。その数は糞便にいるものよりも多いのです。くれぐれも気をつけて接するようにして下さいね」
発生学
「生物が発生する時には、まず筒のようなものが出来ます。筒のこちら側は口になり、その反対側が肛門になります。これが消化管となるわけです」
これらの講義を傾聴していた学生の羽尾青年は、自分なりに敷衍しました。
・犬の口の中はウンチより汚い
・口と肛門は紙一重
まさかウンチや肛門にキスするようなものだから止めた方が良いですよ、とは言わないのですけど。
羽尾先生はいつも複雑な気持ちになるのです。