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途轍も無く哀しいことがあった日に僕は人を馬鹿にしてしまう。きっと気休めだ。そうやって自身を保ってる、というまやかし。弊害はちゃんとあって呆れた世界が眼前、キャンバスの側面まで彩る。当然顔料はここから排出される。

帰りの電車で全に触れた。唐突な理解だった。全とは一のことだ。感覚的過ぎて言語化が追いついてない時点でまだ理解には及んでいないと言えるのかもしれないけど身体の真ん中にすとんと落ちた感覚があった。全は日常に存在している。その一つ一つ。そこの扉のネジ一つでさえちゃんと知らなければ全を理解したことにはならない。気怠い太腿、スマホを弄る指に光る輪、睫毛とか、広告塔、雨、アナウンス、笑い声と歯。ゴツゴツした腕と気休め。いつの間にか見失った憤り。色数の少ない曇り空。

向かいの席に座る1人の女と目が合った。2.5秒くらい。でもそれだけだった。そしてその時に気づいた。女の目に僕は映っていない。きっとまたこの人も僕をすり抜ける人だと思った。寂しくなって虚しくもなって欲望もどこかに行ってしまった。

「ああ」と思う。

感情の生まれない虚無は宇宙に似ている。ここが境目なら僕は一歩踏み出そうと思う。それを潔さだと捉えてもらえたら本望だ。いやそれ以上。だけど嬉しくはない。喜びもどこかへ行ってしまったから。駅から家までの道、遠くで虫の声が聴こえてきた。でもその音はよく聴いたら何処かで鳴るサイレンだった。当てのない遠吠えみたいな、ゴールのない人生ゲームのようなそんなサイレンだった。

「◯◯◯◯」

隣を通り過ぎる誰かが呟いた。意味はわからないが確かに聴こえた。今感じたことだけを頼りに一歩踏み出してみる。外はまだ夏が終わっていく気配すら感じられない。

「なんで?」

疑問は千切れた雲の隙間をすり抜けて空に消えた。こめかみを流れる汗が乱暴な句読点みたく足下にあった石の上に一滴落ちた。

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