14(2)
次に梛に会ったのはあれから2週間後だった。
同じ海岸線、この前より海から離れた砂浜に彼女は座り込んでいた。近くまで来た時、彼女からこちらを向いた。
「あ、へキル」
と梛が言った。
「あ、またいた」
と僕は言った。
梛はこの前より元気そうな表情だった。声からもそれは感じられた。
梛は黙ってヘキルを見つめていた。沈黙。綺麗な目。
そして時間差で僕は驚いた。
「てか、何で名前知ってんの?」
「うーん……勘」
「嘘つくなよ」
梛は悪戯っぽくにやけてみせた。
「また今度教えてあげる」
梛はずっとこちらを見たままそう言った。
「今日ではないんだね」
「今日ではないね」
「ふぅん」
太陽は雲に隠れていた。だけど海の先の遠くは雲がなかったから海に沈む時の束の間だけは顔を出すかもしれない。
「ヘキルってどんな漢字?」
と梛が訊いてきた。
「碧い流れ」
「碧流」
「そう」
梛は何かを思惟していた。
「ナギは?どんな漢字?」
と僕は訊いた。
「風が止み波が静まってる時の、凪」
梛は海を見ながら言った。
「………」
碧流は黙ったまま梛を見ていた。
沈黙を疑問に思い梛はこちらを見た。
「………何?」
「ほんとの漢字は?」
梛は笑った。
「木へんに那覇のナ」
「そうなんだ」
僕は頭の中に漢字を描いた。知らない漢字だなっと思った。
「どうして漢字が違うってわかったの?」
と梛は不思議そうに訊く。
「勘」
僕は精一杯の真顔。
「嘘つき」
「嘘つきはそっちだろ」
2人とも笑った。
雲の切れ間から少しだけ光が溢れた。
波の音がいつもより穏やかな気がした。
碧流は梛のとなりに座った。それから2人で他愛のない話をした。その他愛なさはこの景色に自然に溶け込んでいくようにとても心地良いものだった。だけど途中で気づいたことがあった。
彼女の話は所々脈絡を欠いていた。
それでも彼女の真剣そうな眼差しを見ていると今僕に見えていない脈絡が彼女の沈黙や行間に流れているんじゃないかと思った。そう思ったからこそ変に疑問に思ったりせずに梛の話を聞けたのかもしれない。そしてだからこそ僕は適当に相槌を打ったりもしなかったしわからないのにわかったふりもしなかった。
僕は自分が理解できる分だけに返事したり理解を示した。なんだかそれは遠浅の海みたいだった。膝まで浸からない海が延々と続くような会話。
結局のところ僕らに繋がりなんてものは初めから無いに等しいものだったんだ。虚しさと悦びがないまぜになった海。それでもその遠浅の海はとても美しかった。少なくとも目の前に広がる現実の海を忘れてしまえる程には。
そのうちにさっき予想したとおりに雲と海の間に太陽が現れこちらを射した。遠浅じゃない海も僕らも一瞬で黄金色に染まった。すべてがひとつの風景画みたいだった。そしてこれはきっと遠くない未来に目を閉じて描く最も美しい絵のひとつになるんだろう。
やがて太陽が海に沈み、空が完全に夜に覆われる前に2人は立ち上がった。
帰り際、僕は「じゃあね」と言った。
梛は笑顔で「またね」と言った。
だんだんと暗くなる景色の中でなぜかその笑顔だけがはっきりと見えた。
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