②生命の味、絶滅危惧の天然塩の現場へ
先の「絶滅危惧の生命の味がする塩に出会った」からの続きになります。
この深い味がするBUY-Oと呼ばれる塩、ついに塩作りの現場に行けることになった。
この塩をお土産に持ち帰った治療家の先生が、現場見学をご希望になられたことがきっかけでした。しかも、運が良いことにこの時期はフィリピン研究の第一人者である清水教授(文化人類学:京都大学名誉教授)もご一緒して頂ける。ほとんど門外不出扱いだった塩作りの現場へ、私は通訳兼ドライバーとして同行できることになった。
塩作りの現場は、予想していたよりも小規模で、派手な道具も看板もない普通の貧しい集落の中にあった。黒い塩田の土が広がり、その横に素焼きの壺がいくつか並び、小さな窯に直径80センチほどの鍋を置き、海水を煮詰めている最中だった。塩作り職人は、ごく普通のおばさんたちでニコニコと笑いながら我々を迎えてくれた。
おしゃべり好きな人の良いおばさんたち、フィリピンによくある風景にみえた。正直なところ、拍子抜けした。思っていたような壮大な仕掛けも技も見えない。「こんな普通の場所で、あの深い味が出る塩が作られているのか…」何か物足りない。
塩田の土を掬い、積み上げて濾し、漏れ出た海水を鍋で煮込むだけ。その簡素な工程は、いい意味で何もしないことでより自然に近づく。しかし、それだけではないはずだ。海水を煮こんだぐらいで出る味ではない。
この現場訪問を希望された治療家の先生が聞いた、
「この海水が通る場所を歩いてみたいのですが、可能ですか?」
塩作り職人のおばさんたちが驚いて言う、
「あんたたち、泥の中を歩いて海まで行こうってのかい。深いところは腰ぐらいまで沈むよ。」
それでも海水が辿る場所を見てみたい。
案内されたのは、マングローブの森を横断する手作りの空中回廊だった。
その光景は、驚きのあまりしばらく呆然とするほどの美しさだった。マングローブの森の上を歩く、そんな経験ができるなんて…。その森では暑さが消えた。森と海に包まれる感覚があった。強烈な癒しのエネルギーが漂う。
これがあの塩が旨い理由だ。広大なマングローブの森を巡り、潮の満干に揺られながら、豊富なミネラルを蓄えて塩田にたどり着く。
この塩が特別な理由はこれだった。生命の味がする、と思ったのは事実だった。マングローブが蓄えた生命のエネルギーが沁みた塩だった。
塩のおいしさの理由は分かったが、まだわからないことがある。塩作り職人の数が少なすぎるし、彼女たちの笑顔に影があるように感じる。
伝統を重んじ、自然と向き合い、貧困に負けず、ただ誠実に塩作りを続けている人たちだから、嘘や誤魔化しはないはずだ。きっと、大きな問題がある。何か決定的な問題があるように感じた。
私はもっとこの地で調査をする必要を感じている。表面的に見えるものだけではない何かがある。もう少し、この場所に入り込んでみよう。