【過去を告白】
今まであまり話していなかった私の過去を告白します。
興味のない方はスルーしてください。
今から10~12年前、父の会社を清算することになりました。
私が生まれたときから、父は電機関係の会社を経営していました。
なので、子供のころは不自由のない生活をしていました。
会社を経営している
⇒儲かっている
⇒ずっと儲かっている
⇒楽ちん♪
くらいにしか思っていませんでした。
浅はか(笑)
大学卒業後、
父の仕事とは全く関係ない、菓子メーカーに就職し、お気楽サラリーマンをしていました。
仕事もそこそこするけど、呑み会や遊びの方が楽しいそんなタイプの人間でした。
数年働いたとき、父から、父の会社へ来ないか?と言われ、
まーいいか。
好きな仕事ではないけど、ここまで育ててもらっているし、ここまで継続しているってことは会社としては大丈夫なんだろう。
くらいにしか考えていませんでした。
ところが、入ってみてびっくり。
年商の数倍の借り入れがあり、
いや、借り入れがあっても売上も安定していたり会社も成長していて、売上も伸びているのであれば問題ないのですが、、、
売上も年によってバラバラ。
参入している業界も斜陽産業
たまに大きい仕事ははいってきてその時は忙しいけど、
忙しいと次の仕事を取りに行けず、忙しい仕事が終わると暇になってしまう。
そんな状態なので、借り入れは減ったかと思えばまた増えていく。
永遠に減らないのではないかという不安定な状態。
父に、いつ頃が会社の業績は良かったのか?
と聞けば、 「ン~~、角栄さんのころかな、」
って、、、何十年前だよ??!!
そんな状態の会社だったことは入社するまで知らんかった。
それでも、私なりに何とかできないか、と、私も頑張っていました。
以前勤めていた菓子メーカーの工場にも営業に行き、新しく仕事をもらったり、
今までの顧客や事業にプラスして、新規事業を立ち上げ何とかならないか、と頑張っていました。
しかしなかなかうまくいかず、
経営もどんどん詰まっていくのを目の当たりにしていました。
そんなことをやっているとき、
取引先の銀行が、
私に
父の会社の数億円の借り入れの保証人にならないか、ということを言ってきたのをきっかけに、
私では、もうこれ以上やっていくのは無理!と思い父の会社を辞めることを決意。
その後2~3年は、父もその会社を続けたがそのあたりでもう進めない状態になり、清算するということになりました。
会社の取引先などには頭を下げ、債権放棄をお願いし
それでも、やはり銀行からの借り入れは大きく、
債権回収機構との交渉の結果
会社の工場、自宅、所有していた賃貸物件はすべて売却。
父と母は、賃貸住宅に引っ越す
ということになりました。
ここまでして、財産は何もないです。
という状態になり知り合いの弁護士に入ってもらい、それ以上の債権は放棄してもらい、
倒産ではなく、清算という方法を取れたことは
奇跡的なことで、良かったな、と思っています。
父と母の賃貸の保証人には私がなりました。
その時、私は独立し経営コンサルタントの助手をして、
自分が経営コンサルタントになるための経験を積んでいました。
そういうこともあり、法務的に清算の手続きを手伝いました。
清算決了届けまで出しました。
そんな経験もあり、会社設立登記や土地の登記は、法務局に聞きながらやればできるようになり今でも役に立っています。
その時、苦しくても、
逃げずに正面から交渉できたのは
父のそれまでの信用なのだろうな、と思っています。
実は、先日、父の命日でもあり、そんなことを思い出しました。
そのころ、ミッションカラーと出会っていたら、もっといろいろ変わっていたかな、
などと思いながら、こころで父と会話をしていました。
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