消費税のおかしさをファミレスのドリンク券で理解する
消費者は〈値上がりによる資産の目減り〉を〈消費税の負担〉だと誤認するのだ、と以前に説明しましたが、資産の目減りとか実質的な価値とかがピンとこない方のために、もう少し感覚的にわかりやすい例で説明してみます。
物の「お役立ち度」
私たちがなぜ物を所有するかというと、その物が何らかの意味で自分の役に立つからです。米を所有するのは、それを食べると生きていけるからで、好きなアーティストのCDを所有するのは、それを聴くのが楽しいから、とかでしょう。
そのように所有している物が手元から失われると、自分の役に立つ物が手元からなくなるので、普通は「損をした」と感じます。米やCDを泥棒に盗まれたりすれば、当然損をしたと思うでしょう。
自分の役に立たない物が手元からなくなっても、損をしたとは普通は思いません。例えば家の外に置いたゴミ箱に捨てたコンビニ弁当の空き容器が泥棒に盗まれても、それを取り返すために警察に届けたりはしないでしょう。
ある物が自分にとってどのくらい役に立つか、その度合は普通、数量によって変わります。米1キロと米2キロでは、2キロあったほうが長く生活できますから、米2キロのほうが「お役立ち度」は高いと言えます。
なお、米1キロとCD1枚のお役立ち度を比べるのは難しいですが、このノートではそこまで必要ないので踏み込みません。
ファミレスのドリンク券
私たちが「自分の役に立つ」と思っている物の中には、何かと交換しないと実際には役に立たない物があります。例えばファミレスのドリンク券がそうです。
よく行くファミレスのドリンク1杯券をもらったとします。それを出すと、好きなドリンクの大サイズ1杯が飲めます。券自体はただの紙切れなので、それ自体を食べたり飲んだりして自分の役に立てることはできません。この券はドリンクと交換して初めて役に立つものです。
このドリンク券のお役立ち度はどのくらいでしょうか。紙切れとしては、せいぜい本のしおりにするくらいしか使い道がないでしょう。しかし例えばその券で500円のドリンクが1杯飲めるなら、しおりとしてしか使えない紙切れよりはお役立ち度はずっと高いはずです。
そう考えると、このドリンク券のお役立ち度は、それと交換に手に入れられるドリンクのお役立ち度と同じと思ってよさそうです。あなたがそのファミレスにいて、ドリンクを飲みたいとき、ドリンク自体が手元にあるのと、ドリンク券があるのとでは、事実上同じことです。なぜなら券を出せばドリンクが手に入るのですから。
より一般的には、何かと交換しなければ役に立たない物のお役立ち度は、交換によって手に入る物のお役立ち度であると言えます。
ドリンク券のお役立ち度が変わる時
ランチに行ったときに使おうと思って、あなたはドリンク券を1枚財布に持っています。ファミレスに行ったら、どうも経営が思わしくないようで、ドリンク券で飲めるのはドリンクの小サイズになっていました。このときあなたは「損をした」と思いますよね。
それはドリンク券のお役立ち度が下がったからです。もともとはその券でドリンク大が飲めたのに、今はドリンク小しか飲めません。券そのものは同じ物なのですが、ドリンク大よりお役立ち度が低いドリンク小としか引き換えられなくなり、券のお役立ち度が下がったから、損をしたと思うのです。
仕方なくあなたは券を出して、ドリンク小をもらってランチをします。ドリンク小と大の量の差、というかお役立ち度の差の分だけ、損をしたなぁとあなたは思うはずです。
さて、あなたはいつ損をしたのでしょうか? 券とドリンク小と引き換えた時でしょうか?
違いますよね。自分がいつがっかりするかを考えればわかります。あなたが損をするのは、ドリンク券でドリンク小しかもらえないことになった時点です。ファミレスがそう決めた時点で、引き換えるか引き換えないかにかかわらず、持っている券がドリンク小相当になってしまったのです。
財布に入れていた券以外に、家にもドリンク券が10枚あったとすると、これらはまだ全然使っていませんが、お役立ち度はすべてドリンク小相当になってしまいます。
したがって、券を持っているあなたが損をするのは、券と交換できる物のお役立ち度が下がった時点であって、交換の時点ではありません。券のお役立ち度はそれと交換できる物のお役立ち度ですから、これは当然です。
消費税の場合
お金も実は、何かと交換しなければ役に立たない代物です。1万円札や銀行預金の数字を食べて生きていくことはできません。お金が役に立つのは、結局はそれで何かを買えるからです。
ファミレスのドリンク券とは違って、お金はいろいろな物と交換できます。もちろんファミレスのドリンクとも交換できます。それが「ドリンクを買う」ということです。
さて、お金のお役立ち度はどれくらいでしょうか。それは、交換できる物のお役立ち度ですね。ファミレスのドリンク大の値段が500円なら、500円というお金のお役立ち度は、ドリンク大のお役立ち度です。お金は他の物とも交換できるので、500円のお役立ち度はワンコインランチ1食分のお役立ち度だ、とも言えるでしょう。今はドリンクだけに注目しています。
税率10%の消費税が導入されて、ドリンク大の値段が550円になったとします。それによって、ドリンク大とお金550円が交換される状態になりました。この値段はいわゆる「税込価格」です。
550円というお金のお役立ち度は今、ドリンク大のお役立ち度です。さっきはドリンク大はお金500円相当だったので、それに比べると今はお金のお役立ち度が下がっています。1円単位でお金のお役立ち度を考えるとわかりやすいでしょう。以前の1円はドリンク大の1/500のお役立ち度、今は1/550のお役立ち度です。1円というお金自体は同じなのですが、1円のお役立ち度が低くなっていますよね。
では、お金のお役立ち度が下がったのはいつでしょうか。それはドリンク券の場合と同じで、550円というお金とドリンク大が交換されるようになった時点、つまりドリンク大が値上がりした時点であって、あなたがドリンクを買う時点ではありません。あなたの財布に5500円が入っていたなら、ドリンク値上がり前なら11杯飲めたのですが、値上がり後は10杯しか飲めません。お金のお役立ち度が下がった時点で、あなたはそれだけ損をします。1杯飲むごとに損をするわけではありません。
消費税の説明では、消費者が税込550円で物を買う時点で、消費者は50円を税として支払う、と言います。まるでその時点で消費者が損をするような言い方です。でも実際には、物を買おうが買うまいが、値上がりが起きた時点で、消費者の持っているお金のお役立ち度が下がって、その分だけ損をしているのです。
あなたがドリンクを1杯飲むごとに、政府は企業から消費税として50円を手に入れます。これに対して、5500円を持っていたあなたが値上がり時に被った損失は、飲めなくなったドリンク1杯分(11杯→10杯)であり、金額にして550円相当です。あなたがドリンクをまったく飲まなくても、10杯飲んでも、これは変わりません。よって政府の税収額とあなたの損失額には関係がありません。だから税を払っているのはあなたではないのです。
ひとことで言えば、消費者は消費税を払っているのではなく、商品の値上がりのせいで持っているお金のお役立ち度が下がるという損失を被っているのです。
なぜ見間違うのか
ここまで「お役立ち度」と呼んできたのが、いわゆる「価値」のことです。
ドリンク券がドリンク小としか引き換えられなくなった時点でドリンク券のお役立ち度が下がる、という上の説明は多分すんなりわかってもらえただろうと思います。それと比べると、消費税によって商品の値段が上がるならお金のお役立ち度が下がる、というのはピンと来にくいと思います。
その理由は、私たちが普段、お金を尺度にして物の価値を考えることに慣れすぎているためです。100円の物より200円の物のほうが価値が高い、と普通私たちは考えます。それに慣れているので、気づかぬうちに「金額がそのまま価値を表す」と前提してしまいます。ドリンクの値段が500円なら、ドリンクの価値は500円に相当する、そして同じドリンクであれば、税があろうがなかろうがそれ自体の価値は変わらないはずだから、いつでもドリンクの価値は500円という数字で表されるはずだ、と。この数字は「本体価格」として値札にも書いてあり、それを見るたびにこの考えは無意識に深く染み込んでいくことでしょう。
金額がそのまま価値を表すと考えてしまうと、消費税によってドリンクの値段が500円から550円になったとき、価値が500円の同じドリンクに対して50円という価値を余分に払うのだ、だからその分は純粋な損失であり、消費税によってそれが起きたので、その損は消費税を払った分だ、と思ってしまう。
しかし、ドリンク自体の価値が変わらないなら、変わったのはお金の価値のほうです。以前は500円がドリンク相当だった、今は550円がドリンク相当である、なら以前はともかく今払う550円の中に「ドリンクを手に入れるための額」より多く払う分は1円たりとも含まれていません。
値上がり分の50円は消費者が余分に手放した価値である、という錯覚を抱くとき、政府が手に入れる税収額である50円がそれとたまたま一致すると、まるで消費者が税を払ったように見えます。それもまた錯覚です。10%の消費税によってすべての商品の価格が10%値上がりするなら、その時点で消費者が持っているお金の価値がその分だけ下がります。その後で消費者が「消費税をできるだけ払わないように」と頑張って節約しても意味ありません。損失は値上がりの時点で完全に起きてしまっていて、買い物のたびに税を払ってるわけではないので。
間接税はない
自分にとっての米1キロのお役立ち度、例えばそれで何日暮らせるかは、大きく変わったりすることはないでしょう。だけど、ある額のお金で買える物は、価格の変化によって変わるので、お金のお役立ち度は米などに比べて大きく変化します。ドリンク券のお役立ち度がファミレスの判断で変わったり、あるいはファミレスがつぶれたらただの紙切れになってしまうのと同じように。
そこで、米みたいにそれ自体が自分の役に立つ物と同様、「500円というお金のお役立ち度は、500円なのだからいつでも同じだ」と思ってしまうから、値上がり分の50円が本来不要な支払いに見えるのです。
お金のお役立ち度、つまりその価値は絶対不変ではなく、市場(しじょう)においてそれと交換される物の価値(お役立ち度)で表されます。このことから直ちに、市場取引は常にお役立ち度が等しいお金と物との等価交換であり、よって商品の対価として支払われるお金に「税額分」とかいう余分な額が含まれることはなく、間接税は存在しないことがわかります。間接税があるように見えるのは、「お金の価値は絶対不変である」という思い込み、すなわち「金額という数字が常にそのまま価値の大きさを表す」という思い込みのせいです。これが貨幣錯覚です。間接税の理論は貨幣錯覚に基礎を置いているので、現実とは一致せず、したがって現実を正しく説明したり予測したりするのはまず無理でしょう。
ここ30年ほどの賃金低下の原因が消費税であるとほとんど言われないのは、間接税の理論が信じられているためだと思います。消費税が直接税だと考えれば、それが賃金低下を引き起こすのはほとんど秒でわかるんですが。
ありがとうございます。これからも役に立つノートを発信したいと思います。