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誕生日、未来のエスキース 240805

「あのさぁ、サンタさんっておとうさんとおかあさんだったりするの?」

「パッと見旅館」と言われがちな年代物の和風住宅の一角には柳の古木があり、春に爆発的に萌え広がる様子は、頼んでもいないのにシンボルツリーの風格である。
初夏の虫食いにもめげず、真夏には枝垂れが伸びきって地面を掃く。風にそよぐ様子は一服の涼を届けてくれ、居間で啜るつめたい麦茶がそらうまい。でも、知られていないが柳は本気の落葉樹。気温が下がるにつれ、人間は柳が豪快に落とす葉の掃除夫となるのだ。

今朝も妻が出て、前の住人が置いていったプラの熊手で掻いては、ゴミ袋にちりとりをあてがうことを繰り返す。悠長に白湯飲んでてごめん、朝から濃い顔でごめん、と、生活、ひいては家事の一丁目一番地である掃除すらできていない自分は、anoちゃんぶってる場合ではもちろんないのだ。

そんなことを考えていると、プラ熊手王子となった息子が、網戸も外れんばかりに勢いよく開けて冒頭の問いだ。つ、ついに。でも言い淀みは許されない。

「サササンタさんにお願いしているんだよ」

サンタ伝説の実際を、幼いこころに軟着陸させることは、成長におけるそれなりのチェックポイントだと思っている。何かの分水嶺に来たようなかすかな寂しさを感じながら、「素直」のかけがえなさをもっと愛したいという気持ちが湧く。

また網戸ガラッ。

「どうやってれんらくしてるん? Nゲージはたかいっていってたん?」

Nゲージはサンタさんが実在したとしても高いよ、と思いながら、「いつも地上から思いを伝えてるんやで」などとしどろもどろで口走ってしまい、うっかり両親はテレパシーの使い手になってしまう。

自分の誕生日の8月5日は、当たり前だが夏のど真ん中だ。夏のへそだ。
子どもは子どもなりに、クリスマスを先取りして真剣に計画を立てている。またひとつ歳を重ねた今日、感情に振り回されず、落ち着いて生きたいと強く思う。柳の葉のように細く長く、そして端正に。
もちろん、これまでのように無計画にはしない。無責任なことも言わないし無理もしない。「三無い運動家」の誕生。


釈然としない顔で掃除から戻ってきた息子は、大股を開いて床に寝転び、何度目か知れないドラえもん『stand by me』を見始めた。出勤の用意を整えた自分は、毎年誕生日に妻子がくれるお祝いの絵をもう一度見つめた。妻子からのプレゼント、ほしかった本『庭とエスキース』と、「ちゅう・ぎゅう 3分間 やりほうだいけん」に目を細める。

キスとハグ3分間、宝物だなあと手に取ると、隅に8月4日まで、と書いてある。のび太そっくりの寝転び方をしている息子に苦情を伝えると、新たに12日までの延長券が発行されたのだった。

お守りのように延長券は財布に入れた。
今日も枝垂れた暖簾をくぐって自転車にまたがる。家族や友人、仕事仲間の皆さん、いつもありがとう、引き続きよろしくお願いします! と声に出しながら、上町台地の坂をでこ全開で滑り降りた夏のへそ。


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