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気持ちのいい風を吹かせる仕事/2025年1月25日(木) 生活者になりたい18
通い初めて20年になるバーがいくつかある。
そのほとんどはミナミで、選曲が素晴らしい店ばかりなのだが、事務所の近くにある1軒は毛色がずいぶん違う。
たとえば自分は、マスターの服装で季節の変わり目を確かなものにする。お、チョッキ着はったな、そろそろ毛のもん出して衣替えせなあかんな、ってな具合に。思いきりダブルのハイボールの味わいで体調を知る。そしてここより清潔なバーのトイレに未だに出合ったことがない。エアコン完備で、下手したら住めるほどだ。
駅前に佇む酒場のような気軽さと、寡黙なマスターや設えの無骨さの調和。訪れるたび、ひとりの無名のおじさんとしてオフィス街の風景になれる。
幾度となくこの店を取材してきたけれど、とりわけ印象に残っているマスターの言葉がある。
「特別なことは何にもしてません。お酒が一番おいしく感じる瞬間って、たとえば缶ビールを買って、好きな子と川沿いに座って飲む時間だったりするでしょう。私はそこに気持ちのいい風を吹かせる役割になれたらと思っているんです」
我々編集者は、店主が人生を賭してつくったお店やブランドを取材し、記事にして読者からお金をいただいている。人のふんどしで相撲を取っている面がなきにしもあらず、極力事前に訪れて関係性を築いてから、企画に対して過不足のない取材を試みるわけだが、そうもいかない時だってある。
20年経ってもそうした逡巡からは逃れられていないが、ロケハンに必要以上の労力を割いたり、調べあげた情報を武装してから取材に行くよりも、取材の時間そのものが、店主さんにとっても楽しく気持ちのいいものであればそれでいいのかな、と思うようになってきた。その空気感は、写真なり文章で読者には伝わるのだ。
先入観を持たずに虚心坦懐。街の景観に馴染んだお店を、そのまま写し取る。一陣の風のように現れ、去っていく取材クルー。それでいいと思う。半日ずっとラフを描きながら、ずっとそんなことを考えていた。
帰って久々に息子とお風呂に入る。
ドラえもん英会話と柔軟。ひと段落した夏に、今年こそは休みを取って旅行に行きたいと思っている。どこに行こうか、日本地図が頭に入ってきた息子が、鼻を膨らませていろいろな県の情報を教えてくれる。
楽しみは多めに用意しておいた方がいいし、できるだけ多くの人にお裾分けした方がいい。自分は彼の瞳を見るともなしに眺めて、盛岡や北海道の風景を湯煙の中で思い浮かべていた。
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煙草は同僚のものだが、吸いたくなる空気がある。
立山さんの来歴もすごい、ただそれはまた別の話で