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【掌編小説】アルメ

日本中のあらゆる子どもたちによって、学校の教室を、街区の公園を、そしてソーシャルネットワーク上を、そのニュースが駆けめぐりました。

『12月24日に、よるを通して、アルメが仮想空間でライブをやる』

夢も希望も機械学習で予測され、その結果を自由に検索できるこの時代。子どもたちの毎日に不足していた「たのしみ」を、アルメが与えてくれたのでした。

その知らせを聴いてからは、すべての子どもが、クリスマスの日を指折り数えてたのしみに待ちました。そわそわして、眠れない子も多く、学校の授業では居眠りする生徒が目立ちました。学校の先生たちは、その様子に眉をひそめ、親たちに注意喚起のプリントをまわすことさえしました。

「12/24に注意されたし。仮想空間のVRアイドルライブに、徹夜で参加する子どもがいるかもしれません。翌日は学校があります。寝かせてください。」

ほとんどの学校の先生たちは、おとなですから、ビッグデータの集合体で、聴く人の好みを学習して微妙に声色を調整するアイドルなど、はなから歌手として、評価をしようとは思いませんでした。ただし音楽好きの先生だけは、こっそりと授業中に、

「ほかの先生には内緒だからね」

などと口止めをしながら、今度のアルメのライブのことや、すきなアルメの曲のこと、アルメをどれだけ初期から応援しているかを、嬉しそうに話しました。

その時代は、子どもたちだって、誰もかれも日常があって、人間関係があって、大人から暗くてむずかしいことばかり聞かされて、つかれていました。そんなご時世に、アルメのライブは、すこしそわそわするようなイベントとして、子どもたちのカレンダーに「たのしみ」の花丸をつけさせたのでした。

***

その村の女の子は、自分の部屋の、くらいベッドの中で布団を被って、おとうさんとの口論を思い出しました。

「ゲームのなかのキャラクターのうたなんて聴いて、何がたのしいんだ、お前は」

「ゲームじゃないよ。仮想空間。それに、キャラクターは、生きてる。おとうさんは考え方が古いよ。いまは人工人格と結婚するひとだっているんだよ」

「はいはいわかったよ、うるさいな」

おとうさんは、女の子と口論すると、いつもこの調子で、なにも聴いてくれないでこころを閉ざしてしまうのでした。それは、おとうさんが女の子に仕事を教えるときも同じです。山あいの中程にある高原。広がるキャベツ畑。そのまんなかで、畑の土づくりや、キャベツの苗植えを習うとき、女の子は、心を閉ざしたおとうさんに支配されたような気分になりました。山に囲まれて、キャベツに足を取られたまま、どこにも逃げられない気がしました。

「キャベツはいいぞ、儲かる」

おとうさんは、そういって女の子に、にやり、よく笑いかけました。実際に、一次産業の作物はよく売れました。高原に立った3階建ての一軒家は豪華で、一年に一回ペンキを塗り替える壁もぴかぴかで、最新鋭のネットワークシステムも完備されていました。しかし、その豪華さは、家が数十軒かしかないその村ではじつに異様で、うつくしい自然に溶け込めず、その家はどこか一人ぼっちのようでした。

稜線連なる山々に囲まれた村の孤独な女の子は、そんななか、布団をかぶって、VRゴーグルを頭にかけて、クリスマスを迎えるのでした。

***

ピピピピピピピピピピ!!!!!

女の子が仮想空間上のメインホールにアクセスしたとき、笛の音が全体に鳴り響いているような、耳をつんざくようなやかましい音が鳴り響いていました。女の子は一瞬たじろきましたが、すぐに音の正体がわかりました。

それは、おびただしい数のアバターたちのモーション(それは親指を上に立てた形だったり、ハートマークだったり、三本線がぴょこんと立った形だったり、すべてポジティブなもので、種類はさまざまでした)の音でした。ステージを囲むようにしている観客席は超満員。飛行ユニットを使って、空中にもアバターたちが座っていました。

(もうすぐ、アルメのライブがはじまる。)

女の子は、うるさいのに慣れていないので、ぎゅっと目をつむって、その時間を待ちました。とくん、とくんと心臓がなっているのが自分でもわかりました。

何時間にも思えるようなその数分が経った、刹那。ふっとあたりが真っ暗になり、やかましかったモーション音がぴたりと止みました。モーション機能が強制ロックされたのです。

しんとした静寂。無音。アルメを待つだけの空間、時間。やがて、

ーー今日は、ようこそ。男の子も、女の子も、たのしんでね。

と、すきとおるようなファルセットの少年の声が会場を響きわたったと思うと。ステージが白色にまばゆく光り、銀色の雪結晶のようなホログラムチップが舞い散り、青い直光が、ステージから放射線状に放たれました。

まばゆい光で、女の子は、一瞬目がくらみました。だんだん目が慣れてくると、光の中に、人影が立っているのがわかりました。

アルメです。

ーーありがとう。あつまってくれて!

アルメがファルセットの声を再び放ったあと、重厚に塗り重ねられた電子音が会場中に響き渡りました。それはアルメの曲の中でもひときわ有名な曲。熱が一気に高まります。同時に、歓声モーションのロックが外されました。アバターは一斉に、モーションで興奮をステージへぶつけはじめました。地鳴りのような歓声モーションが、会場中を響き渡ります。

ーー星がまだ見えたころに、

アルメが歌い出します。会場の熱気の上昇はとどまることを知りません。日本サーバのあらゆる曲を機械学習し、リミックスしたその歌は、子どもたちの興奮を人工的に、合理的に、法則主義的に、際限なく引き出しつづけます。

アルメが歌っているステージが、やがてせり上がりはじめました。投影映像の白色に光るステージが、なめらかなアニメーションで変形し、ウェディングケーキのような形になって、銀色の雪結晶を撒き散らしながら、上へ上へと昇っていきます。青色に光るレーザーはやがてひとところに集まって、柱のような形になりました。それはぐにゃぐにゃと円柱から四角柱へ、四角柱から三角柱へと変化しながら、ステージのまわりにそびえ立ったかと思うと、柱からサイケデリックな色彩のオーロラが、ぶわっと広がり、柱の周りを取り巻きました。

一瞬、オーロラのカーテンで見えなくなったアルメは、ステージがせり上がりつづけて、またあらわれました。そして、アルメが最高の位置に達した途端、オーロラのカーテンがぶわっと霧散し、ビー玉のような光の粒になって、観客席に降り注ぎ、そこで、曲の盛り上がりも最高潮に達します。

アバターたちは思い思いに、ボディの可動域をふりまわし、飛行ユニットのジェットをふかし、レーザービーム銃をぶっ放し、さわぎにさわぎました。女の子も負けてはいられません。持っているダンスモーションチップのすべてをフル活用して、周りのアバターを押しのけながら、踊りまくりました。

会場は、光と電子音でいっぱいになり、そこにはたのしさと、興奮と、子どもが持つ感情の、純粋さしかありませんでした。

***

そのよるは、おおく子どもにとって、一生忘れられないような、ながいよるだったに違いありません。その村の女の子や、都市に住む男の子や、日本中のありとあらゆる子どもたちが、アルメのもとに仮想空間に一同に会して、たのしみました。

大気がきたなくなったので、よるの星はもう見えません。それでも、たのしいよるはつくれますし、仮想空間はいくらでも広がって子どもたちを受け入れます。そしてよるがあければ、まだ朝日は、のぼるのです。

この作品は、生活に物語をとどける文芸誌『文活』3月号に寄稿されているものです。今月号のテーマは「うたう」。登場人物が歌にのせた思いが文章からも響いて伝わってくるような、6作品が集まっています。文活本誌は以下のリンクよりお読みいただけますので、ぜひごらんください。


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