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TRONプロジェクトの評価

それはちょうどディズニー映画のTRONが公開されて少し経った頃、この映画の影響があったのかは定かではありませんが、当時、東京大学の助手を勤めていた坂村氏は「すべてのものにはCPUが組み込まれるので、それらは協調して動くことが必須となる」と今で言うIoTに近い発想を得てTRONというプロジェクトを打ち立てました。

TRON - CGっぽいけどCGじゃなかった映画

TRONプロジェクト

「協調」を実現するために必要なテクノロジーごとにいくつかのサブプロジェクトに分割し、それぞれにはTRONを冠した名前がつけられています。

  • ITRON - 組み込み向けリアルタイムOS

  • BTRON - パソコン(ワークステーション)向けOS

  • MTRON - 分散コンピューティング技術

  • TRONチップ - CPUをはじめとしたハードウェア

このように多岐にわたる分野を対象としたためにTRONといってもその分野毎に受け取られ方も異なり、その評価、功績もマチマチではあります。

【東京大学との産学共同プロジェクト】 TRON(The Realtime Operating system Nucleus)プロジェクト開始

当時の大学は今よりもアカデミックで象牙の塔なところが強く、産業界にしてみれば大学がまた絵空事を描き始めたのかなと思われがちな話ではあったのですが、まだ若い坂村氏は柔軟な発想力とパワフルな行動力で、個別の技術では先を見通せなくなっていた開発の現場での方向性を与えることに成功したようで、このプロジェクトは大きな動きとなっていきました。

トロンプロジェクトとは

まずBTRONなんですが、LISA Macintosh のようなGUIが今後は主流になるとして「モノ」の表現方法として階層化ディレクトリではなく「実身/仮身」という有向グラフ構造で管理するというのが目を惹きました。確かに階層化ディレクトリではその構造に収めきれない場合に「リンク」という仕組みを併用することで実現していましたが、あまりスマートではなく、この仕組みがいろいろと使いにくい場面にも遭遇していました。他にもMacOS的なデータに決められた付加情報を与えることで、アプリ間でのデータ交換をスムーズに行えるというのも売りにしていました。

BTRON

実装も幾つか用意されたのですが、その見た目から「Macとかと何が違うの」と取られてしまうことも多かったようで、そのすべてをTRONで実現しようといたところも閉じたシステムとなってしまい技術的な検証にとどまってしまった感がありました。普及させるためにも教育用として導入しようという動きもありましたが、何の因果か「国策としてOSを作るのはマカリナラン」というアメリカからの横槍も入り日本初の「目に見える」OSという夢は散ってしまいました。

さてITRONの方です。こちらは組み込み向けということで、それまでメーカーごとにCPUに合わせたOSを導入していたのですが、組み込みで動作させるプログラムが製品の高機能化に合わせてどんどん複雑で大きなものとなってきており、ライセンスとして安心できる共通規格は歓迎されました。当時は日本製の家電製品(や自動車)が世界を席巻していた時代なので、目に見えない形で世界中に普及することとなりました。

ITRON

半導体技術の進歩に合わせて今でも進化を続けていて多くの製品で動き続けています。

世界中の電子機器に搭載され世界No1シェア”TRON”

日本発!世界シェア60%のOS「TRON」のシンポジウム『2024 TRON Symposium -TRONSHOW- 「AI X TRON」』開催

このITRONを動かす環境としてCPUも開発されました。それがTRONチップで、32ビットのアーキテクチャを持ち16個もの汎用レジスタを持つ、どこか68000にも似たソフトウェア屋としての理想の命令セットを持っていました。特徴的なのは直交性の高い命令とアドレッシングモードを持っており、高級言語のコンパイラを実装しやすい命令体系なのですが、それに加えてよく使われる組み合わせに対しては「短縮形」がありコンパクトなバイナリで高速に実行できるという工夫がありました。またVRAMなどのフレームバッファでよく使われるビット操作命令や、ポインタ処理で使われる間接アドレス処理を繰り返し適用できる多段間接アドレッシングモードなんていうものもあります。

これは既に命令が高機能化しマイクロコードが複雑となり命令の実行速度が遅くなりがちだったCISC問題を既に認識していて、これを大胆にRISCのように単純化するのではなくハイブリッドでいこうという発想だったようです。なかなか日本的なアプローチですよね。

TRONCHIP

このアーキテクチャを採用したCPUもいくつか作られましたが時代の流れはRISCへと向かったようです。残念ながら日本からarmのような会社を生み出すことはできなかったようです。

TRONは、その後、本来の目的に立ち返り「ユビキタスコンピューティング」という名前でその可能性が研究されるようになり、今のIoT(Internet of Things)に繋がっています。

ユビキタスコンピューティング

モノのインターネット

実はですねぇ。坂村先生はおおよそ一回りくらい年上の方なんですが、大学で自分の進路を考えた場合「もし大学に残ったら何ができるのだろう」という課題にひとつの答えを与えてくれました。もちろん私は先生ほど優秀ではないので比べるのもおこがましいのですが、大学で成果を上げるにはコツコツと組織の階段を登り、その分野での学会などで要職を勤め、みたいな時代に、若いうちから大学の垣根を超えたプロジェクトを仕切り世の中に大きな影響を与えることも出来るんだ(成功なのかどうかは別の話です)と思わせてくれました。まあ専門は情報科学ではありませんし、結局は産官学連携という時流に乗って大学内ベンチャーの立ち上げを試みることになったのですが、そのモチベーションを与えてくれた恩人(こちらが勝手に思っているだけ)のひとりだったりします。

そんな坂村先生も東大は退職されたものの今でも東洋大学でご活躍のようです。

坂村健

“魔法みたいな大学“の学部長はIoTとTRONの父だった

坂村教授が開発したTRON―知られざる世界標準

TRONを創る: Making of TRON

TRONWARE TRON & オープン技術情報マガジン

ヘッダ画像は、以下の場所から使わせて頂きました。https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ken_Sakamura_2015.jpg
By ITU Pictures - https://www.flickr.com/photos/itupictures/17773551785/, CC BY 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=147732313

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