幻告|五十嵐律人|全力でレビュー&感想(ネタバレなし)

漫画以外の初感想。
五十嵐先生の小説は全部読んでいるが、今回も最高に面白かった。
アマゾンレビューだけでは書き足りなかった部分を追加していく。

このハイクオリティなPVには到底及ばないが、少しでも面白さを伝えられれば。

五十嵐作品は今のところ全作外れなしと思っているが、とりわけ刑事裁判ものは法廷場面が多く出てくるので、弁護士である五十嵐先生の法律への思いが感じ取れて好き。
「法律って面白い」ということを、できる限りの分かりやすさで読者に伝えようとしてくれていることが存分に感じられる。

タイムリープと法廷ミステリー。
一見相容れないように見える2つの設定を見事に噛み合わせたこの秀作について語る。

あらすじ

父の過去と未来を救うことを目指す中で、刑事裁判の本質、自分の過去と向き合うストーリー

主人公宇久井傑に父の記憶は残ってない。
5歳のときに家を出たという父の姿を見たのは、義理の娘への強制わいせつの罪を問われる法廷。傍聴席で見つめる学生の傑に虚しく響く父の無罪主張「身に覚えがないんです。」判決は有罪。

舞台はそこから五年後。父はあのときどんな表情をしていたのか。
同じ目線で被告人を見たいがために裁判所書記官となった傑。
法廷での職務を終え、扉を開けた瞬間タイムリープに巻き込まれる。
辿りついた時間軸は、父が無罪を主張する公判の一時間前だった。
顔も思い出せない父の裁判。何を目指して行動すればいいのかすら分からないままに記憶と異なる行動を取ると、戻った現在の世界では人間関係に変化が。

タイムリープを繰り返すごとに明らかになる新たな事実。
父は冤罪だったかもしれない。だが、冤罪を晴らすために過去で動けば現在に更なる悲劇が――
倫理観、職責、真実、人命。
本来天秤にかけられない要素の比較をタイムリープの度に強いられる。
悲劇を避ける道はないのか。
書記官として、息子として。
法廷の出口からつながる、未来を懸けた時空の扉が開く。

作品の魅力

中弛み部分が存在せず、頁をめくる手が止まらない構成力の高さは相変わらず。
個人的に感じた本作ならではの魅力を3つピックアップ。

魅力①主人公が書記官

主人公の職業は「裁判所書記官」。
耳慣れない職種だが、法廷に最初に入り最後に出るという説明に始まる描写で、書記官という仕事のイメージは段々と掴めてくる。
手続に精通しており、事件の中身を把握していながら、裁判手続の主体にはなり得ない。
この裁判からの絶妙な距離感が、物語に良いアクセントを加えてくれる。

タイムリープものの醍醐味といえば、過去と現在を往復する中での「どうしてこんなことに」という衝撃。
本作でももちろんその衝撃を何度も味わえるが、そこに刑事裁判ならではのギミックが存分に組み込まれている。
背中で感じる裁判官入廷の違和感の描写など、書記官という特殊な職種の主人公だからこそできる描写に知的好奇心が刺激される。
法廷を開く前の準備に奔走する、書記官という仕事の実情が知れるという意味でも面白い。

また、本来真実を知っていたとしても関与できない刑事裁判で、書記官ならではの抜け道を探って過去改変を試みるシーンは、非常にスリリング。
弁護人に確実に渡り、かつ、必ず信じてもらう方法は?
傍聴席で真実を叫んでも意味がないことを知っているからこその選択から目を離せない。

魅力②等身大の裁判官

令和の時代に裁判官が神だと思っている人間はいない。
しかし無意識のうちに、常に正しい答えを出せる、神に近い存在であってほしいとは願っているのではないだろうか。
納得のいかない判決が報道されたときに感じる不満は、そんな裁判官への漠然としたイメージから生まれている気がする。
報道される判決の内容と、法壇に座るテレビ映像を通してしか知らない裁判官という存在。
期待とイメージでしか語ることのできない距離。
我々と同じ人間であることは分かっているはずなのに、それくらい裁判官は遠い。

そんな裁判官が、判決を出す舞台装置としてではなく、等身大の悩む人間として登場しているのも本作の魅力の一つ。

傑の学生時代同期の千草藍のフランクさは、一般的な裁判官のイメージとはかけ離れている。
反面、職業として裁判官を選んだことも納得できる芯の強さも併せ持っており、好感の持てるキャラクター。

そして、傑の所属部の部長裁判官の烏間は、裁判官としての能力と、人間としての魅力を高次元で兼ね備えている。
少ない情報から正しく現状を理解する切れ味鋭い分析力と、異端児扱いに構わず正しいと信じる手続を貫く誠実さ。新米書記官に意地の悪い質問をしながら会話を楽しむ茶目っ気。
読んでいる分には、こんな人に裁かれたいと思わず考えてしまう。
それでも烏間は過去の誤りに苦悩する。
その姿は、単なるイメージから生み出された偶像ではなく、正に血の通った一人の人間である

法廷や法解釈をステレオタイプな説明に落とし込まず、現実に即した形で丁寧に描写する五十嵐先生。
裁判官の姿についても、現実からかけはなれた人物を描くとは思えない。
フィクションとしての脚色はあるとしても、実務家視点で描かれた等身大の裁判官を見ることができるという点でも、本作は貴重である。

烏間が刑事裁判の理念と裁判所の役割を丁寧に説明するシーンから、小説を通じて正しく法律を伝えようとする五十嵐先生の意気込みも感じられる。

魅力③「裁判」の扱い方

刑事裁判の手続は厳格である。
それ自体は全く悪いことではない。
しかし、フィクションとして扱おうとしたとき、足枷になることは間違いない。

真犯人が別にいるとして、それを探すのは刑事裁判の法廷の役割ではない。
傍聴席の扉を開けて、「ちょっと待った!」などと言っても裁判は止まらない。
検察官、弁護人、裁判官を積極的に糾弾することは想定されていない。

現実に合わせようとすればするほど物語のテンポは悪くなる。
法廷もののフィクションを作る場合、逆転裁判とまではいかなくとも、物語の盛り上がりのためには、ある程度のところは目をつぶらざるを得ないこともあるのではないだろうか。

しかし、本作は最後まで刑事手続に誠実に向き合っている。
設定は奇抜だが、刑事裁判を真摯に扱う姿勢はデビュー作の『法廷遊戯』と同様。
「法律上あり得ない」という展開や、実務的に見て違和感のある展開は一つもない。
タイムリープにより起きた影響も、手続上適正に反映されている。

その上で、複数の事件を異なる時間軸で扱いつつたどり着くラストシーンは必見。
誰が何を裁くのか。
丁寧に「裁判」を描写しているからこそ、考えさせられる。

まとめ

刑事手続、タイムリープいずれの設定からも納得できるフィクションならではの結末。
複雑に絡み合う登場人物の思惑と複数の事件が最終的に一つの時間軸に収束する様を見たときの快感は、あたかも難解なパズルを完成させたかのよう。
独創的な設定を法律のロジックで緻密に描く五十嵐律人の真骨頂。
法律に縁があるかないかを問わず万人にお勧めしたいし、メフィストでの連載版を読んだ人とは、変更点についても語り合いたい。
読後感の良さも含め、読書っていいなと改めて思える一作でした。

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