アメリカ海軍の新鋭駆逐艦ズムウォルトはなぜ横須賀へやってきたのか?
1.概要
去る9月26日、合衆国海軍が保有するズムウォルト級ミサイル駆逐艦のネームシップ“USS Zumwalt”が横須賀海軍施設に入港した。
本級が来日したのはこの日が初めてであり、就役以来最もアメリカ本土から離れた場所へ訪れたことになる。
また同日、ズムウォルトが横須賀へ入港する2時間前にはこちらも初来日となる沿海域戦闘艦“USS Oakland”が横須賀へ入港し、両艦共に艦船ファンや観光客の注目を浴びている。
2.ズムウォルト級とは?
ズムウォルト級ミサイル駆逐艦とはもともと現在の合衆国海軍の中核を成しているミサイル駆逐艦であるアーレイ・バーク級の後継艦として全部で32隻が建造される予定であったが後に建造計画は3隻にまで削減された。(理由は後述)
計画の全3隻のうちズムウォルトとマイケル・モンスーアの2隻が既に就役しており、残るリンドン・B・ジョンソンは艤装及び公試の段階で2024年の就役を予定している。
ズムウォルト級ミサイル駆逐艦は海上からの新型主砲(AGS 155mm砲)による対地攻撃能力の強化や新型レーダーによる防空能力の強化、徹底した高ステルス性能の実現を図るといった今までの合衆国海軍には無い前衛的なコンセプトのもとに設計された。
なんといっても本級の最大の特徴は船とは思えないようなその異形とも呼べる船体だろう。
これはいわゆるタンブルホーム船型と呼ばれる形で平水面はもとより、高波高に対しても効率的な航行を実現している。また水面を貫通するように進んで行くので船首波を極限まで抑え視覚的に認識しづらくするとともに、船体や構造物には徹底して傾斜角を施しており、レーダー反射断面積を極限まで小さくする事で高いステルス性能を発揮する。
更に、垂直式ミサイル発射システム(VLS)もこれまでの艦艇のように甲板中央部に設置するのではなく甲板の淵の外殻と内殻の間に設置して仮にミサイルが誘爆しても船体が受けるダメージを少なくしたりといったありとあらゆる新機軸を搭載し、まさに合衆国海軍の叡智と技術力の結晶と呼ぶに相応しい艦になるはずだった。
3.問題児としての面
しかし、新型主砲や新型レーダー、艦内部の各運用システムなどなどあらゆる物にあらゆる先進技術をこれでもかと言わんばかりに搭載してしまったため建造費は予定よりも大幅に高騰。
それによって建造計画隻数は大幅にカットされる事となり最終的には3隻のみの建造に止まる。
しまいには本級の売りになるはずであったAGS 155mm主砲に使われる新型弾薬もたった1発を撃つのに65万$以上もの費用を要するため調達が停止されるといった事態に陥ってしまっている。
また、現代の西側諸国の海軍において艦隊防空の要であるイージスシステムソフトウェアの搭載も上手く行かず、SM-2やSM-3といった艦隊防空ミサイルの搭載も見送られている。
このため現在は対地攻撃能力を有するトマホークミサイルと限定区域防空用のESSM、機関砲や機銃を用いた近接防御火器のみの武器を使用している。
4.Youは何しに日本へ?(筆者の見解)
これからがこの記事の主題である。
抱えている問題の多さから張子の虎とも呼べるような欠陥艦がなぜこのタイミングで日本、横須賀へ送り込まれたのだろうか。わざわざズムウォルトが日本に派遣された意味とは一体何なのだろうか。
合衆国海軍第7艦隊による声明はこうだ。
DESRONとは各ナンバー艦隊にそれぞれ存在する駆逐艦戦隊の事を指している。つまり、ズムウォルトが横須賀を本拠地としている第7艦隊の第15駆逐艦戦隊にassigned、配備されたという事を伝えている。
また、
とも述べられていて、ズムウォルトは現在、「自由で開かれたインド太平洋」を支援する作戦に従事しているという事もうかがえる。
自由で開かれたインド太平洋戦略構想は対中国戦略の事でもあり、合衆国海軍のうち中国に対して最前線で軍事的に対抗するのは空母ロナルド・レーガンや旗艦ブルーリッジを中心に構成されている第7艦隊。即ち、合衆国海軍は中国を牽制するために新鋭駆逐艦であるズムウォルトを第7艦隊に配備したという事になる。
しかし、先程から述べているように攻撃能力に不安の多い艦をなぜ、西側諸国の脅威である中国に対抗させるために第7艦隊に配備したのだろうか。筆者は次の仮説を唱える。
①ロシア牽制説
新鋭艦を極東に配置する事で中国に対する自由で開かれたインド太平洋戦略を支援するためだけではなく、ウクライナに武力で現状変更を強いるロシアに対しての牽制の意味もあるのではないかと考えられる。ロシアが西方に集中している間、アメリカが極東域の部隊を増強したり活動を活発化させる事で、その気がないにしても必要があればいつでもロシアがやっている事と同じ事を自分たちもできるという事を示しているのではないか。実際に今月2日、海上自衛隊や韓国海軍との共同訓練を終えたとされる空母ロナルド・レーガンが津軽海峡を通過している事が確認され、現在は西太平洋の北方で遊弋しているとする見方もある。
②対地攻撃能力増強説
いくら失敗したとはいえ、ズムウォルト級のトマホークミサイルを用いた対地攻撃能力に問題はなく、ズムウォルトを1つの大きなトマホークミサイルプラットフォームにするのではないかという考え方もできる。
台湾有事やその他の島嶼に中国軍が占領したとしてもズムウォルトによってトマホークミサイルを占領された地帯に大量に投射できるし、それをこなせる存在が相手にとっての抑止力にもなる。
③ブルーリッジ後継説
ご存知の方もいらっしゃるとは思うが第7艦隊の司令部は陸上ではなく、旗艦である揚陸指揮艦ブルーリッジの内部に存在する。しかしブルーリッジは就役してから今年で52年になる。合衆国海軍のうち、戦闘に参加する実働艦艇の中では最年長である。
ブルーリッジ級は他にも第6艦隊旗艦のマウント・ホイットニーがある。
この最古参であるブルーリッジ級、さすがに老朽化が進んできている事から以前までは後継艦の建造が計画されていたが昨今の強襲揚陸艦やドック型揚陸艦の大型化/先進化によって、わざわざ新しく揚陸作戦指揮専用の揚陸指揮艦を建造する必要性が問われ、計画は中止されている。
とは言っても、最前方で作戦行動中の強襲揚陸艦やドック型揚陸艦等の艦艇が揚陸作戦の指揮を存分に行えるかについて合衆国海軍にも不安はあり、ブルーリッジ級は少なくとも2039年まで運用する予定としている。
そこで白羽の矢が立つのがズムウォルト級である。
ズムウォルト級には従来の駆逐艦レベルの艦艇に設置されていた戦闘指揮センター:CIC(Combat Information Center)ではなく、それよりも更に発展したSMC(Ship Mission Center)と呼ばれるものが設けられている。SMCではCICのように自艦のみの戦闘を指揮するだけではなく、艦隊全体の作戦行動をもこの場所で指揮する事ができる。つまり、ブルーリッジが退役した後もズムウォルトを指揮艦に充てることで、他の揚陸艦らは従来のように揚陸作戦を行える。さらには幸か不幸か、ズムウォルト級が本来計画していた使い方ができないことも重なり、ズムウォルトが後方での指揮任務に就く可能性は十分に考えられる。
ズムウォルトがこのタイミングに第7艦隊に着任したのも、中国の軍事的な活動がこれまでになく活発で、これに応じて第7艦隊は自由で開かれたインド太平洋戦略の一環として連日のように日本や韓国、近隣アジア諸国との合同演習や共同訓練を積極的に行ってきており、ズムウォルトが将来的に指揮艦としてそのポジションに就任する事を見越して現在のうちから実戦に限りなく近い状況で経験値を積ませようとする合衆国海軍の意図なのだと推測する。
筆者はこのブルーリッジ後継説が最も有力な説ではないかと考える。
以上が筆者による見解である。
5.終わりに
一通り、ズムウォルトについての簡単な紹介と個人の見解を述べてきたが、見解についてはあくまでも私個人のただの予測や想像にすぎず、合衆国海軍や第7艦隊等への取材や裏取は一切していません。
初めての記事を書いてみて抱いた率直な感想は、書いた量が少ない割にめちゃくちゃ疲れる。
私もプライベートでよく色々な方のブログ記事を読んできてはいるが、いざ書くとなると文章の入力、大まかなテーマの配置、展開をどうするか、そして校正…これらを全て1人でやるのはとてもとは言わないがキツいものがある。
これから他の方のブログにはその筆者の苦労があった事を感じながら読ませていただきます。
それでは失礼いたします。
了