“パンパンガール”を語る17【男娼の“とくちゃん” 米兵を蹴り倒す!の巻】
貸席に長期滞在
━━ とくちゃんは、金ちゃん家(ち)に、長いこと、間借りしていた人ですよね?
金ちゃん) そうですね。
女より女らしい
━━ とくちゃんは、本当にお洒落ですよね?
金ちゃん)
うん、なんていったらいいかな?
・・・お洒落というか、今になって私が思うのはね・・・、子どもの頃はそんなこと感じなかったけど、なんていうんだろう・・・体の見せ方を知っている?
━━ はい?
金ちゃん) 男にこういう体を見せたら、男は気を惹かれてついてくる(笑)…っていうのが分かってた感じね。
━━ へぇ~。
金ちゃん)街場の女のハニーさんよりもむしろ、その辺のところは分かってたみたい。
だから歩き方にしても、後になって言われるようになったモンローウォーク? あんな歩き方をしてましたよ。
━━ 女性より、女性を強調したようなファッションなり仕草をしていた?
金ちゃん) していた。だから殆ど、とくちゃんを男だとは気がついてなかったんじゃないですか?
━━ 相手が?
金ちゃん ) はい。
まあ、お客になればそれは分かりますよね。分かるとは思うけども、ぱっと見では…。
むしろ、普通の、街に立ってるハニーさんより、うんと綺麗だった。
━━ でも、相手の米兵は、交渉してる間に「男だ」っていうのは分かりますよね? 分かんないんですかね?
金ちゃん) 分かるか分からないか、ぼくには分からない(笑)。
━━ いざ、事に及んで男だった時に、「げっ、男か!」って言って、怒っちゃったり逃げ出したりするのか、あるいは、男だって承知でそのまま及ぶのか?
金ちゃん) だから・・・とくちゃんが、MP[※1]に連行された時の話は、要するにそれなんですよね。
━━ 連行された?
真夜中の大乱闘
金ちゃん) ある晩ね、貸席のとくちゃんの部屋で大声がした。
ひび割れた半鐘の様な… 浪花節語りの様な声で、「ガッテンメ サナバベッチン ゲラリヒヤ」。
とくちゃんが言い放ったのは
“ Bosh! God damn it. Son of a bitch! Get out of here."
そして、障子を倒して、とくちゃんと米兵が廊下へ転がり出てきた。
━━ うん…
金ちゃん) 要するに、米兵は女だと思って、とくちゃんを買ったんだけども、「いや、男だ!」ってんで怒ったわけですよね。
それで喧嘩になって、とくちゃんが「踵(かかと)落とし」で倒しちゃったんです、米兵を。
━━ はい。
金ちゃん) 米兵は、鼻血で顔を染めて失神していました。
金ちゃん) そのあと、とくちゃんは米兵がモンキーハウスと呼ぶ、サウスキャンプにある 留置所に何日か留められて…。
帰ってきた時は見るも無惨な姿で、白粉も口紅も剥げ落ち、髭ぼうぼう…。
━━ うん、うん。
金ちゃん) 母親はすぐお風呂に入れてやって、元のとくちゃんに戻った。
その時に、とくちゃんは何も言わなかったんだけども、家へ出入りしてた駅前交番のお巡りさんが、
「あの人は徳島の出身だから“徳ちゃん”と言ってたんだ」って。
徳島に、日本拳法を守ってる有名な家があって、そこで師範代を勤めてた男なんだって。
━━ とくちゃん?
金ちゃん) とくちゃん。
━━ へぇ~!!
金ちゃん) だから、踵落としとか、もう得意中の得意です(笑)。アメリカ兵なんか一発で倒しちゃうわけですよね。
いつも手袋をしていた理由(わけ)
金ちゃん) で、それを聞いて私は思った。
「だから、とくちゃんは手袋を離さなかったんだ!!」
━━ えっ、どういうことですか?
金ちゃん) 実はとくちゃん、一年中、手袋をしてたんです。暑い夏も…。私は不思議でならなかった。
だけど、留置所から戻って来たときは手袋がなく、節くれ立った太い指は紛れもなく男の手でした。
それでわかった。ごっつい手を隠したかったんだなって。
━━ ああ…
金ちゃん ) 当時ね、白とかレースの手袋なんてすること自体、なんていうかな、まあ、普通のハニーさんには考えられないこと。欲しくても手に入らなかったしね。
とくちゃん お洒落術
━━ このレースもお洒落ですよね。
金ちゃん) そうそう。いつもスカーフをこんな感じにね…。とにかく綺麗にしてましたよ。
━━ へぇ~。
金ちゃん) それで、胸はこういう、とんがったブラジャーをしてね。
━━ へぇ~。
金ちゃん) 当時、乳バンドって言ったんですけど、とくちゃんは、先の尖った汁碗くらいの大きさの乳バンドに、アメリカ製の艶々のナイロンストッキングを丸めて詰めていました。
━━ へぇ~、
金ちゃん) 女性の誰もがストッキングを欲しがっていた時代ですからね、盗まれないように隠しているのかと思いましたけど、そうじゃなくて、アンコ…
━━ アンコ?
金ちゃん) 要するに、みせかけの乳房のためのアンコだったんですね。
━━ ああ、胸が大きいと思わせるために?
金ちゃん) そうそう。
━━ お尻もパット入れてたんですかね?
金ちゃん ) お尻は入れてないと思う。
とくちゃん その後
━━ とくちゃんは、その後、どうなったんですか?
金ちゃん) 例の赤毛のアメリカ兵との乱闘のあと、留置所から戻ってきたとくちゃんのために、母は急いで風呂を沸かしました。
━━ はい。
金ちゃん) それで隣にあった食堂に、とくちゃんの好きな親子丼と味噌汁の出前を頼みました。 親子丼と言っても、高価な鶏肉の入っていない、比較的安かった豚小間切れの丼です。
とくちゃんは母に「マ マさん、ごめんなさい。許してください」と大きな目に涙を溜めて言 いました。
そして、翌日には駅前にあった日本通運の黄色いオート三輪に、三面鏡と二つの行李を積んで、我が家を去ったんです。
それが、とくちゃんを見た最後でした。