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アイデンティティとは、見た目ではわからないもの

北海道に行くと決めてから気になっていたことがある。アイヌ固有の言語である「アイヌ語」だ。

アイヌ語は日本語の北海道方言だと思っている方にたまにお会いするが、それは誤解である。日本語とは完全に独立した言語であり、両者間の関連性は認められていない。文法的には、語順は日本語に近いと感じる部分もある。だが、英語のような語順をとる場合がある。例えば、「イテキ ケレ」(触ってはいけない)は、「触る」という動詞「ケレ」の前に、「〜してはいけない」という意味の否定語である「イテキ」が入る。ユネスコの調査によると、アイヌ語は話者がほとんどいない絶滅危機言語とされている。

私は、言語はそれを使用する人々の世界観や宗教観、歴史などを表し、文化の根幹を成すものだと考えている。そして、人々のアイデンティティに大きな影響を及ぼすと考えている。だから、アイヌの方々はこの状況をどう感じているのだろうか、と気になっていたのだ。

白老ポロトコタンでは、スタッフとして多くのアイヌの方々が働いていた。アイヌ舞踊を踊る方、トンコリやムックリなどのアイヌに伝わる楽器を演奏する方など、様々な方がアイヌの伝統を受け継ぎ、それらを披露していた。

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ポロトコタンではアイヌ料理も食べることができる。右側はオハウと呼ばれるスープ。(筆者撮影)

私はあるチセの中に入った。そこには、伝統的な刺繍を縫っている女性がいた。輪が連なり、ところどころにトゲのような文様を描く幻想的な模様は大変美しい。ふと、私は彼女に尋ねてみた。

「アイヌ語を話せる方っていまどのくらいいらっしゃるんでしょうか?」
「ほとんどいなくなったよ」
「そうなんですね、悲しいですね。」
「でも仕方ないよ。この時代にアイヌ語が話せたとしてどうにもならないから。」

私は思いもよらない返答に驚いた。博物館で働かれているような方からこのような返答があるとは想像もしていなかった。アイヌの伝統を守ろうとしている人々が、アイヌ語を諦めているなんて。

この女性が特殊な方なのかもしれない。そう思った私はその後も数人に同じ質問を繰り返した。だが、返ってくる答えはみな同じだった。

普段は和人とほとんど同じ暮らしをし、言語も諦め、アイヌの方々のアイデンティティとはなんなんだろう。私は混乱したまま白老を後にした。

翌日、札幌に戻った私は北海道大学を訪ねた。ここには、アイヌを中心に北方の民族を研究する「アイヌ・先住民研究センター」がある。そこで、前日の連絡にも関わらず、快くお時間をいただいた先生方3名とお会いした。

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北海道大学アイヌ・先住民研究センターの外観(筆者撮影)

私はある先生に、思い切って白老で疑問に思ったことを質問してみた。
「アイヌの方々のアイデンティティってなんなんでしょう?」

すると、彼は私にあるアイヌの工芸師の方の作品を紹介した。洋服の上半身を木彫りで表現している。だが、一部がめくれ、洋服の裏地が見えている。その裏地の部分には、伝統的な刺繍が施されたアイヌ民族衣装を想起させるデザインが。

外側からはわからない。和人と同じ服、同じ家、同じ暮らし。だけど、心の内側にはアイヌとしての自覚が、誇りがある。その作品の題名は、まさに『アイデンティティ』だった。それ以上何も説明はいらなかった。

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貝澤徹作『アイデンティティー』
下記ブログより引用
https://www.google.co.jp/amp/s/sakaidoori.exblog.jp/amp/30056742/

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