見出し画像

テツの思い出

テツが家族の一員となったのは、私が香川県高松市の中学校に通っていた頃だったので、もう15年くらい前のことだ。
ご近所の方が豊島という瀬戸内海に浮かぶ小さな島に旅行に行った際、気づいたら後ろから必死で着いてくる子犬がいたという。どうしても放っておけなくて、保護して帰ってきたという。だが、すでに犬を1匹飼っていたため、2匹目を飼うのは難しいと考えていたようで、「子犬をお譲りします」という貼り紙を出していた。

ちょうどその頃、動物好きの妹が「犬を飼いたい」と繰り返し繰り返し言っていた。タイミングよく近所に貼り出されたチラシを母親が見つけ、じゃあ見に行ってみようという話になったのだ。私と父は反対した。2人ともアレルギー性鼻炎を持っているため、犬を飼うことで悪化することを心配したからだ。また、命を育てることの責任を果たせるのか、という点でも慎重になっていた。だが、妹と母の、とりあえず会ってみようという意見に押されて会いにいったのだ。

ご近所さんのお宅に伺うと、本当に小さくてコロコロした子犬がいた。人懐っこく、可愛い男の子だった。会ってしまうと、家族全員放っておけなくなってしまい、妹の「私が全部面倒みるから!」という発言も後押しとなり(この発言は全くと言っていいほど現実とはならなかったのだが笑)飼うことを決めた。結果的に、エサやりや散歩は、主に父と私の役割になっていった。名前は私が名付けた。豊島から来たからテツかな?って言ったところ、みんなが賛同してくれた。

高松の犬小屋で

テツはとっても怖がりな犬だった。例えば、私が自宅の前で野球の自主練習をしていた時だ。縄跳びを始めると、まるでこの世の終わりかのように吠えまくる。絶叫していると言った方が正しいかもしれない。ご主人様が縄に囚われている、痛めつけられているかのように見えているのだろうか。あと、雷も怖がった。風の音も怖がった。天候が悪くなると、泣いたり扉を叩いたりして、中に入れて欲しいとアピールする。普段は庭で放し飼いしていて、自分の犬小屋で寝ているのだが、そういう日は扉を開けると必死で室内に飛び込んできて、助かったと言わんばかりに抱きついてくる。病院も怖がった。散歩ルートから外れ、病院がある方向に歩き始めると、踏ん張ったりわざとリードに足を絡ませたりして進まないようにする。病院に着くとくっついて離れなくなってしまう。普段は高いのが嫌いなのか抱っこしようとすると嫌がるのに、この時ばかりは抱っこを求めて、しかもよくちびっていた。

散歩中にトラックのような大型の車がくると、びびって私の足と足の間に隠れたり、壁をよじ登って逃げようとしたり。なのに動物相手では気が強く、猫やらカラスやら猪やらに果敢に攻めていこうとするので必死で止めていた。

そういえばテツはリードをつけないと散歩に行けないと思っていた。散歩中にリードが外れても、逃げずに早くつけてと言わんばかりの顔をしている。

テツはイケメンだった。そして、若々しかった。そのため、犬仲間にはとにかくモテていた。散歩中に会う犬たちとは仲が良く、もしかしたら彼女もいたかもしれない。神戸に引っ越してからもそれは変わらなかった。去年散歩していた時に、4〜5歳の犬を連れた方に、「かっこいい犬だね!うちの子と同じくらいの歳かしら?」と言われ、「もう14歳くらいです」と言ったらとっても驚いていた。それくらい見た目が若々しいのだ。だから、永遠に元気なような気がしていた。

だが一度大病をした。腫瘍が見つかり癌だった。手術をしたがなかなか回復せず、危篤となった。だが、なんとかそこから持ちこたえて、いつものテツに戻った。2018年5月。私が社会人1年目の頃のことだった。医者からは、もう長くはない。余命は3年くらいだろう。次は体力的にも手術には耐えられないと思う。そんな話だった。
私は以前みた映画を思い出していた。そこでは、犬と飼い主が10個の約束をする。

1、私の話をがまん強く聞いてくださいね
2、私を信じて私はいつもあなたの味方です
3、私とたくさん遊んで
4、私にも心があることを忘れないで
5、ケンカはやめようね 本気になったら私が勝っちゃうよ
6、言うことを聞かないときは理由があります7、あなたには学校もあるし友達もいるよね、でも私にはあなたしかいません
8、私が年をとっても仲良くしてください
9、私は十年くらいしか生きられません だから一緒にいる時間を大切にしようね
あなたとすごした時間を忘れません 
10、私が死ぬとき、おねがいします、そばにいてね

私はどこまでこの約束を守れただろうか。後悔はしたくない。そう思い、限られた実家でのテツとの時間を過ごしてきたつもりだ。あれから5年が経った。本当に元気だった。今年の夏、私が離婚した時には、心配した両親と一緒に初の上京を果たした。

テツの上京

クリスマスイブの夜中。父親から危篤の知らせがあった。一晩空けて、奇跡的に朝方に自力で立ち上がったが、また寝ているという。医者からはもってもあと数日との判断が出た。偶然、クリスマスに何の予定も無い今年。慌てて支度をしていま神戸に向かう新幹線の中。少しだけでもそばにいられたら。大学進学で上京して以来、もうそんな日は来ないと思っていた家族で過ごすクリスマスを、テツはアレンジしてくれたのだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?