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アイヌのことを勉強してはいけない?

突然怒り出してしまった30代くらいのアイヌの男性。
私の発言で特に気に入らなかった部分は、「アイヌのことを勉強したい」と言ったことのようだった。

「これまで何人も俺は見てきたんだ。アイヌのことを勉強したいってインタビューに来て、いきなり差別の経験みたいなすごくプライベートな質問をしてきて。なんで赤の他人にそんな話をしないといけないんだよ。そんでもって、レポートを書き終えたら、卒論を完成させたら、それっきり音沙汰なし。アイヌを利用するだけ利用して、単位をもらったり何かの賞をもらったり。お前のような研究者にどれほどのアイヌが傷つけられて来たか。」

もし、自分が逆の立場だったとしたら。
そう考えると、たしかに同じ気持ちになるかもしれない。
もし、知らない人に突然、過去の辛い経験を聞かれたとしたら、
もし、友人だと思って付き合っていた人が、研究が終わった途端に「もう用は無い」と言わんばかりの対応になってしまったら。

加えて私は、アイヌが研究者に対して不信感を抱く、歴史的な背景もあると思う。

明治時代となり、アイヌの人々が暮らしてきた大地は「北海道」と名付けられ、屯田兵と呼ばれる軍隊が占領、日本に併合された。それ以降、アイヌに対する研究が盛んになった。だが、中には非人道的な研究手法をとる研究者もいた。

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北海道平取町にある金田一京助の歌碑(筆者撮影)彼もアイヌ民族研究に取り組んだ1人。

調査と称して若い女性の下着の中を覗いたり、裸にしたり。骨格の調査として、墓地から無許可で盗掘する行為も横行した。中には埋葬してすぐのまだ肉がついた遺体を掘り起こし、骨だけ解体して持ち出した例もあったという。(文部科学省が2015年8月に実施した調査で、国内12大学に1676体のアイヌ人骨が保管されており、そのうち9割ほどが遺族に無許可で保管しているものだと推定されている。有志のアイヌ団体が、遺骨返還を裁判に訴えている。)

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北海道大学にあるアイヌ納骨堂(筆者撮影)ここに1015体のアイヌ人骨の全部あるいは一部が保管されている。

このように、研究者によって非人道的な扱いをされてきた歴史をアイヌは持っている。
だから、たとえ大学生の興味本位であっても、いやむしろ、軽いノリのような気持ちだからこそなおさら警戒心や拒否感を抱いてしまうのだと思う。

「お前たちは気分次第で研究を辞められる。でも、俺たちはどんなに嫌でもアイヌを辞めることはできない。俺たちは研究の道具なんかじゃない。生きている人間なんだ。だから俺は、同じ人間として、一生付き合う覚悟がある奴しか相手にしない。お前はどっちなんだ。」

そう言い終えると、彼はグラスに残った酒をぐいっと飲み干し、再びこちらに顔を向けてきた。
沈黙の時が流れる。
追い詰められたような気持ちになった私は、ごくりと息を飲んだ。

※カバー写真「アイヌ民族衣装」(筆者撮影)

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