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キミはホームランを打ったか #5 : 木との対話 2
自分にはとてもできない事を職業にしている人をすごく尊敬する。
その中のひとつが木を切る人。
森林などに入って大木を切る人の事である。
もちろん日本でもそれを専門にしている人はいるわけだが、なんせ小学生から住んだ奈良はすでに造成された新興住宅地。大木が身近にある環境ではなかった。
東京に住んでからはいっそ無縁となった。
そんなわけで大木を切り倒すと言う作業は私にとって日常から離れたところに存在していた。
それを目の前で見るようになったのはこの地カナダに来てからである。
夫と知り合って間もないころ、私はまだ湖畔の家の事を知らなくて
裏庭の木を切ったんだ
夫がスカイプ越しの画面で言った時、私はてっきりブッシュと呼ばれるような低木の事だと思っていた。
その頃オーガニック関係の会社で働いていた夫だったから、まさか何メートルもある大木のことを話しているとは考えつきもしなかった。
私の頭は、日本にいる時に知った人々の範囲内でしかカテゴリー分けができないでいたのだ。
どんな風に大木を切ったか夫は話していたかもしれない。しかしスカイプ越しのそれも英語で、”そそつかしい” 私の頭は、会社勤めのおじさんは休みの日にせいぜい高枝バサミで細い枝を切ったくらいの事だろうと決めつけていたのである。
つまり私の中でサラリーマンのおじさんは、大木を切り倒したりしない事になっていたのだ。
甘かった。
さてここカナダの田舎町では、多くの家で古い大きな木があった。それも高い高い木である。てっぺんまで言ったら下から見えないくらいの。そしてそれを切る専門職の人たちが活躍している。
先日スーの家でも木を切ってもらっていた。
その時のことを
いや~もうすごいのよ、するすると昇ってって、ロープ一本でよ。
そしてそこで木を眺めてまず一服よ、こんな風に。
木のてっぺんでよ!
そう言って煙草を吸うマネをした。
そして的確に切って的確な場所に落としていくのよ。あれはすごい技だわ。
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散歩の途中でクレーンを使った伐採を見かけたこともある。
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さてある時、夫が所有するアパートメントの住人から、裏庭の木の枝を伐採して欲しいと連絡があった。その木のせいで日当たりが悪くなっていると言うのだ。
お気楽な私はトロントまで見物しに夫に付いて行った。
そこは狭い裏庭で、結構な枝ぶりの木があった。
これだけ大きいとむやみに枝を切ったら、隣のアパートの屋根を壊しかねない。
夫はしばらく下から木を見上げ眺めている。そして持って来たロープを輪にして端っこを住人に渡す。自分はするすると上までのぼりロープをかけチェーンソ―で枝を切る。同時に住人に合図。すると切った枝は狭い庭のわずかな空間に的確に落ちてゆくのである。
住人たちの間に思わず拍手が起こった。
夫が私の頭の中で分類されているサラリーマンのおじさんでなくなった瞬間である。
どこでこんなテクニック覚えたの
後で夫に聞いたが父親のを見てと曖昧な答えだった。
その頃からだったろうか、大木を切るその技術に魅せられるようになったのは。
夫の生まれ故郷アメリカのバモント州に旅した時、Dartmouth Collegeに立ち寄った。なんでも育てのお父さんがそこで木の世話をしていたというのである。夫のその父はすでに亡くなている。
私は訳が分からないまま夫の後をついて行く。
見つけた時計塔の脇にはそれに届かんばかりの木がそびえ、そのふもとに父の名前の入ったプレートがあった。
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父のこの大学への貢献を記したプレート。
夫がしばし父親と対話しているようなので、私は離れたところから木を見上げた。
そしてつい数日前の事である
夫のライブラリーを整理していて写真を見つけたのは
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夫の父である
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夫の父は木を切る人だったのだ。
そういうことだったか。
夫の木へのまなざしが私とは違うのがやっとわかった気がした。
そして私はなんとも誇らしい気分になった。
この時期ご近所のあちこちで薪の準備が進んでいる
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同居人の叔父さんちの薪を少し分けてもらう。
切り出された薪を見ると、ロープ一本で木の上まで登っていくそんな人たちの姿に思いを馳せ、痺れるような気分になるのである。
(え?ひょっとして、スーと私だけ?)
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