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盲目の少女と 2

湖畔の家の前の道を南に下ると車が通れないどん突きになる。以前は高い石の階段があった。それを上ると道につながっていて、ほぼ林の(笑)住宅街が広がっている↓

自然の木で家が見えない・・

数年前になるだろうか。しばらく工事で閉鎖されていたが気付くと階段は手すり付きのスロープになっていた。
なだらかなスロープは途中でいったん折り返しをしている。
人ひとりとやっとすれ違えるような幅で、このご時世スロープの先に人が見えると、大抵は後に来た人が反対側で相手が通り過ぎるのを待つのである。


すでにはがれかかっているが壁画が描かれている


この日はキャムが来る日。
前にも紹介したがこの少女は視覚的にチャレンジが必要。つまりごく近くの物だけぼんやりと見える視力である。

パパも加えた三人で散歩に出かけることになった。

もう5歳になる彼女は少し前から白い杖を突いて道路を歩く練習をしている。杖を自分の前に先行させながら歩く。でももう片方の手はパパか私の手を離さない。

誰かが通りかかると

Hello!

見えぬその人に彼女は無邪気に声をかける。

Hello!

誰もが彼女に答えてくれる。

さて私たちは先ほどのスロープにやって来た。ちょうど上で犬の散歩の女性が下りてこようとしている。
しかし白い杖が見えたのだろう。二匹の大型プードルを制してスロープの上で待っていてくれている。

パパはキャムから手を離し杖のない方の手で手すりを持たせた。

Daddy!

途端に不安になって叫ぶキャム。それでもパパは彼女の背を押しながら、私たちはゆっくりゆっくりスロープを登り始める。
折り返し地点で見上げて私は、ワンちゃんの女性に会釈を送る。苛立っている様子もなく少しホッとする。

やっと上の道にたどり着くと今度は下から自転車のおじさんがやって来た。エクササイズ中なのだろう、一気に上ってくる。

そして上り詰めたスロープのそばで4人の大人と少女と2匹の犬。
大人たちは道をどう譲るのか戸惑ったまま妙な円陣になってしまった。

Hi!How are you?と言いながらみんなが立ち止まっている。

気付いた自転車のおじさんが
ハアハアとまだ荒い息のまま、ここでちょっと休むからどうぞどうぞとグラブをした手で自分の脇を指す。

すると女性はプードルたちとスロープにさらに寄りながら、

犬、さわれる?

と聞いてきた。キャムのことである。

一歩あとざすりしたキャムだったがパパが

大丈夫、ウチに二匹いますから。

その声にキャムはそっとプードルに向かって不確かそうな手を伸ばす。女性は興奮気味のプードルたちのリードを引いてキャムに近づけた。

親子なの。こっちがまだこどものモカよ。

すでにキャムの胸の高さまであるそれはくるりとカールしたこげ茶色の毛並み。ちょっと濡れて赤みを帯びた鼻で少女の華奢な白い手をフンフンしてくる。モカの頭をキャムの手のひらがわずかに触れる。

先々週キャムが来た時だったかパパが、もう少し大きくなったら盲導犬を彼女に、と言っていたことを思い出した。
彼女のママのボーイフレンドが農場を持っていてそこには彼女たちのポニーもいるらしい。

私はふっと盲目の少女と動物の関わり合いを思った。匂い、毛並みの手触り、動物の息づかい。そこに言葉はなくて。
嗅覚と触覚とそして彼らからの言葉のない聴覚での交わり。

そこには、見た目の良し悪しにも美辞麗句にも惑わされない何かがあって、両者を結びつけることができるのだろうと勝手に考える。

ひとつの感覚が閉ざされた世界。今後成長と共にこの少女の中でその世界はどんな風に広げられていくだろう。

この日、夏が終わりそうだった湖畔は揺れ戻したような夏日となった。
水に慣れさせたいパパは黄色いフロートと一緒に水着のキャムを抱いて湖に向かう。

泣き叫ぶキャム。No!No!とパパの首にしがみつき両足はパパのお腹にぴったりと巻き付いている。

この夏中、キャムがうちに来るたび岸辺に連れて行くもいつも大泣きで。その頑固さにパパは諦めかけていて、私もそばからは何も言わないでいた。

でもこの日パパは無理やりキャムにフロートのハンドルを持たせ、水に浮かせる。私はドーナッツ型に開いたフロートの下からキャムのオシリを支えてみる。

Daddyyyyyyyy-------!!!

金切り声

パパが手を離したことを悟ると今度は私の名を呼ぶ。ハンドルを持つ小さな手の上から私も一緒にハンドルを握り、パパは背中を支える。

Daddy is here

さらに大きなひと息の泣き声、でもそして

あら?
私はゆっくり黄色いフロートを波に乗せてみる。

あらあら?

ボートの音聞こえた?波が来るよ、波が来るよ!

黄色いフロートが小さな波を超える。

あらあらあら?
ほらまたボートが来たよ、聞こえた?波が来るよ、準備はいい?
今度は少し大きな波にフロートが揺れる。

なんか気持ちいいかも??少女の白い頬がふっとゆるむ。

クルリとフロートを回してみる。

キャッキャッ♪

今度はキャムの口から思いがけない音がこぼれた。そして最後にはあふれんばかりの笑顔。
何回かフロートを回すうち、絶対水につけなかったつま先はフロートの端っこから水面へ。

多分これまで、去年も含めて10回近くのトライがあった。キャムがそれなりに大きくなったからかもしれないし、今日のパパの決意が一段と強かったせいかもしれない。
キャムがとうとう湖に入った!
フロートの上で浮いている!!!
見逃せないこの瞬間に

写真撮れる?

パパが興奮して私を見上げる。

もちろん!

私は水の中を慌ててスマホを取りに岸辺に向かった。

最後は支えられなくてもひとりで浮けるようになった





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ながつきかず
日本とカナダの子供たちのために使いたいと思います。