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あるクリスマス

ボクときたら、プレゼント選びがすごく上手なんだ

ある日夫が言った。
ふたりで過ごす初めてのクリスマスが近づいていた。

そんなことを言われたら、わくわくしちゃう!

観察力があるから何が欲しいかわかるのさ

夫は自信ありげに言った。

カナダでのクリスマスはファミリーいや、親戚一同イベントである。クリスマスが近づくと人々はプレゼント探しに奔走する。
自分の家族だけでなく
叔母さん叔父さん、姪っ子甥っ子・・
友人が言うには総勢20人分なんていうのも。

ホリデーシーズン、北米の大人たちのストレス度合いが高いのに納得である。

そんな人々を横目に私たちはふたりだけで過ごすことに決めていた。元々夫はアメリカからの移住者で、カナダには前妻との間の娘の家族が住むだけで親戚一同が集うクリスマスパーティとは無縁だ。

お料理にしてもゆっくり時間をかけて作るハムを夫が焼いてくれるだろう。
なんせ私は伝統的なクリスマス料理というものを知らない。
例えばおばあちゃんがいつも焼いてくれるフルーツケーキの味とか。
ママのマッシュドポテトの滑らかさとか。
七面鳥を食べた翌朝その鳥ガラでパパが作るスープの匂いとか。

私が作る鶏の丸焼きやマッシュドポテトやグリーンビーンズのキャセロールはただの真似事に過ぎないのだ。

だから夫が作るハムが私にとってのクリスマス料理。
彼が得意としているそれは、豚肉の大きな塊を低温で一度焼き、その後オーブンから出し室温に置く。そしてしばらくしてからもう一度焼くという時間のかかるものだが、その手間の介があってハムはしっとりと仕上がる。

そんなクリスマスの二日前。

ライト用のフックが見つからない

そう言いながら地下から夫が重そうな足取りで階段を上がってきた。
それは家の屋根に這わせて付けるクリスマスデコレーションのことである。

大工道具を足の上に落したかなあ
左足の親指が痛いんだよね

夫が付け加えた。

クリスマスライトは今年はなくてもいいよ、
だって外はもうこんなに寒いんだし。

お隣のライトアップ
うちの家は真っ暗

しかし
大工道具を足の上に落したにもかかわらず
覚えていないってどゆこと?

動くから骨折はないさ

そういう夫の言葉に安心して私はその事をすっかり忘れてしまった。

なんせ私たちはそれぞれへのクリスマスプレゼントをこっそり包むのに忙しかったのである。

クリスマスの前の晩
私たちはブランケットの中でぬくぬくと抱き合って眠りに落ちた。

それなのに真夜中
ふと気づけば夫がベッドのへりに座り込んでいるではないか。
どうしたのと手を伸ばすと

この薄いシーツが足の親指に触れるだけで痛い

夫が言った。

救急病院に行く

え?今から?

時計を見ると午前3時を少し過ぎたあたり。
当時私はカナダ・オンタリオ州の運転免許をまだ持っていなくて
その救急病院がどこにあるのかも知らなかった。

仕方がない、夫は痛い足を引きずりながらバンに乗りこみ私は助手席に滑り込んだ。アクセルを踏む夫の右足がなんともなくてよかったことだ。

湖畔の田舎町。
その真夜中。
どれだけ暗いの~!
そして救急病院というのに高速道路を飛ばして30分近く。
遠すぎる~
ERの駐車場に着くと私は急いで入り口にあった車いすを夫のもとに運んだ。
やっとたどり着いた受付で夫が症状を説明する。

受付の女性はメモを取りながら

多分ギャウト

そう言った。
耳慣れない単語に私は何それ?

一方夫は納得顔となり診察室に入って医師を待つことになった。

ギャウトと聞こえたそれはgoutつまり痛風のことであった。
一発の薬投入で、夜が明けるころにはすっかり痛みがなくなって機嫌を取り戻した夫である。しかし薬の処方箋を待ったり、ドラッグストアにそれを受け取りに行ったり。

湖畔の家に戻ってやっと
クリスマスが痛風騒動で終わろうとしているのに気づいた。
ジューシーに焼かれたハムはもちろんない。
マッシュドポテトも
グリーンビーンズのキャセロールもない。

ようやくクリスマスのプレゼントを思い出して
私たちはカウチに座ってお互いのプレゼントを開けた。

夫からのプレゼント。パフューム、ピアス、コンパクトミラー(私はこれをとても気に入った)
しかしあと二つの包みには何が入っていたのだろう、今ではすっかり忘れてしまっている。
差出人はそれぞれに Santa, Goateful chipmunk, J ,Otto, Hubby(笑)

私が夫に何をプレゼントしたかも忘れてしまった。

全くひどいクリスマスだった。その時はそう思った。

まさかこれどころでないクリスマスがこの先やって来るなんて
考えつきもしなかったから。

”クリスマスの思い出”に続く。(多分)


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ながつきかず
日本とカナダの子供たちのために使いたいと思います。