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オキザリス:しあわせな気持ち
きゃあああ
悲鳴ではない。
発せられたとたん、どっかに飛び跳ねてってしまう声。私たちはそんな声を上げて抱き合った。
カナダ湖畔のご近所に住む友人スーである。
おかえりなさい!
ジェットラグで超疲れてること、わかってる。
でも近いうちに会えたりする?
私も5月に帰省するの。
だからその前に。
私がカナダの大地に足を下ろすか下ろさないかの時に、スーからメッセージが来ていた。
そして私のカナダ帰国直後、スーのロンドンへの帰省直前というはざまに私たちは時間を作ることができた。
一度抱き合ってお互いの顔を見て
元気そうね!
あなたも!
そう言ってまた抱き合う。
スーは変わらずおしゃれないで立ち。他の友人には失礼だが、この湖畔の田舎町で唯一おしゃれに気を使っているのがスーである。
この日はシンプルなグレーのスラックスの上に深めのグレーのセーター、そこに真っ赤なカシミヤの幅広ストール。以前よりさらに短くなったように思われる銀髪のショートヘアー。
不思議に思うのは、日本人と英国人、生まれ育った環境はまるで違うのに、どこか彼女と私の間に共通の部分がある。
私たち移民だからね!
スーがそう言ったことがあった。もちろんカナダは移民の国で、世界のあらゆるところから人々が移り住んでいる。
でも移民二世はもう生まれながらのカナダ人で。大人の、それも結構な年齢になってから移住した私たちはそこここで困難が大きい。
だから故国への帰省が私たちにとって、どんなに大切かがわかっている。
やってきたスーは玄関ドアを入る前に
今連れてくるから
そう言って深緑色の愛車ミニに戻る。
そうなのである。スーが取り急ぎ来たのも、もちろんしばらく会っていなかった時をおしゃべりで埋めるためだけれど、彼らのためでもあったのだ。
それはオキザリス
去年スーがロンドンへ帰省するときのことである。
ねえ頼みたいことがあるの
私がいない間、鉢植えの植物を見てもらえない?
そしてこう付け加えた。
近くに住む娘はまるでダメ
特にオキザリスは繊細だから
きっとあなたんとこだと大丈夫だと思うのよ
そういう経緯でしばらく里子になっていたオキザリスたちが今年もやってきたというわけである。
シャンパン色のボイルカーテン横が彼らの決まった席。
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![](https://assets.st-note.com/img/1682770746275-FHf3ItPaUj.jpg?width=1200)
水やりは週二回って言ってたっけ?
そう聞くと
あなたに任せるわ
去年預かってもらった時、もうあなたんちの子になりたいんじゃないかと思うくらいここが気に入ってた様子なの
笑いながら、ああそうか、と私は思った。
スーとの共通点。
私が始めたばかりの植物と対話するという試み。彼女は植物と話せることをずーと前から知っているのだ。
アジサイの挿し木もあるの
庭の工事の時に折れてしまったというアジサイ。うまく根がつくかどうか?
![](https://assets.st-note.com/img/1682770786162-JQ2U4qUIYm.jpg?width=1200)
背景はポトス 私もスーもこちらは特に気にかけなくても大丈夫なことを知っている
さてスーは時折目ウロコなアドバイスをくれる。
いやアドバイスではない。私が思いつかなかった選択肢をポロリと追加してくるのだ。
例えばこの湖畔の家
夫ジェイの手作りで始まって今も仕上がっていない。
地下で断熱材を入れていた途中で、ジェイは亡くなってしまった。
地下をどうにかしなくてはと思っていた時にスーがくれたアイディアが
仕上げないという手もあるわよ
そのひとことは私にとってまさに目ウロコだった。
あれから一年。
今回カナダに戻って私は、地下のことは忘れてまずは居住部分を少しずつ整えていこうと考えている。
まだドライウォールのままだったり、裸電球のままだったり。
そして何を隠そうどの部屋のクローゼットもむき出しのままなのである。ジェイが仮に渡したメタル棒に服をひっかけているだけで棚も扉もない。
リビングのカウチに座ってそうスーに話すと
あなたが幸せな気持ちになるようにすればいいのよ
誰のためでもない
あなた自身のために
またまた目ウロコだった。
そうか、私が幸せな気持ちになることを考える。
こうしなければいけないなんてことは、全くもって何もなくて。
そうだった、この湖畔の家でジェイは、私をとても幸せな気持ちにさせてくれたんだ。
その百倍もの悲しみを置いてったけど。
オキザリスは大丈夫よ、きっといい子にしてると思うわ
じゃあ6月戻った時にね
ひとしきりの笑い話が終わって私はスーをドライブウェイに送り出す。
もう一度ハグハグしてスーは
英国の旗のステッカーが貼られたサイドミラーのドアを開けてミニに乗り込んだ。
たとえば去年
知り合いにベッドルームの壁を塗ってもらった。
それはグレーと白のコンビネーション。
その白にひとつまみのピンク色を混ぜてもらった。
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時折薄っすらと感じる白の中の桃色。
それが私をとても幸せな気持ちにさせる。
![](https://assets.st-note.com/img/1682771438528-S9pj4m6RqT.jpg?width=1200)
そういうことだったか
スーの乗る深緑色のミニが角を曲がって私はそんなことを思い出した。
湖畔の家づくりの再開である。
スーのこと↓
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