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サくら&りんゴ #76 旅に出る夢

生前母がふっと思い出したように言った。
父の夢を見たと

父は電車に乗っていて母に

ちょっと遠くまで行くから

そう告げたという
母は父に言葉をかけようとするのだが声が出ない
どこに?そう言いたいのに声が出ない
そこで目が覚めたと

父が亡くなって7年目の頃である。

父のお葬式の後、奈良の家でひとりになった母に片付けを手伝いに来るからと言った。それなのに母はさっさとひとりでいらないものを処分し、父が毎日欠かさず付けていた三行日記も捨てようとしていた。私は慌てて何十冊にも及ぶその日記帳の中から数冊を選んで持ち帰った。

日記も捨てようとしていたのよ、信じられない。
私は姉に言ったものだ。

50年以上の歳月を共に過ごし、最後父は入退院を繰り返していたので、安らかに逝けてよかったと安心したのだろうか、執着のない母のこころ内をそう勝手に推測した。
でも母の夢の話を聞いた時

ああ、父の体がそこになくても母は、まだずっと父がそばにいると感じていたのだな

そう思ったのである。




夫の夢を見た。
私たちはどこか旅に出ようとしていて、それは日本のようで、でも夫は

やらなければならないことがある

そう言ってパソコンを持って部屋に入ってしまった

私は、夫は私が予約しているのとは違うフライトを探すのだろうと感じて、なぜ一緒ではだめなのか、一緒でないなんておかしいではないかと夫を探しに行く

しかし部屋に入ったはずの夫の姿はそこにはない
何回も部屋の中を見て回るが見つからない

私はとうとう外に出て夫を探しに行く
目星をつけたところが奇妙な日本風の食事処

でもやっぱり夫は見つからない

そこで目が覚めた。

朝日が昇りかけている。




今日は忙しい?ちょっと寄っていい?

スマホを見るとエリックからメッセージが来ていた。私が日本に戻っている間、こちらカナダの湖畔の家を見てくれる、あるいはしばらくステイすることになっている彼である。


午後になってエリックはハンティングの成果、鹿肉を持ってやって来た。

そして
日本のナイフをまた買って来てよ

そうリクエストしてきた。

夫はいつも、日本のステンレススティールのナイフ(包丁)が素晴らしいと周りの人にも言っていて、日本に戻るたび購入していた。
ある時など勝手に包丁砥ぎのクラスまで予約していた。

エリックもそれを聞いていたのだが、半信半疑だったのだろう。前回帰国した折にお土産に一本買ってきた。

この間のを使って、その良さがよく分かったんだ!


夫は私と出会う前、何度も仕事で東京に来ていた。
歌舞伎座隣のビジネスホテルが(今もあるのかなあ)夫の御用達だった。そのせいか二人で戻った時はいつも東京から外に出たがった。
あれは夫との最後の旅だったか、新潟に行きたいと言った。
新潟?
その地は私たちに何のゆかりもなかったのである。
新潟の話はまた別の機会に譲るとして、その旅で立ち寄ったのは燕三条。昔から刃物で有名な土地である。
夫はそこでゆっくり時間をかけてステンレススティールの包丁を探し、そして渾身の一本(笑)に名前まで入れてもらってカナダに持ち帰った。


次の旅行は秋田 その次は沖縄。そう言っていたことを思い出す。
どちらも実現には至らなかったのだけれど。



明朝搭乗予定のエアカナダからオンラインチェックインのお知らせメールが来た。
チェックイン時にワクチン証明とPCR陰性証明を添付送信するようになっている。そしていつもはチェックインするとすぐに搭乗チケットが発行されるのに、添付書類を確認後、メール連絡するとある。
そしてその下に小さく、一度送ったものは間違っても再送しないでくれ、すでに非常に多くの処理が課せられています、とある(つまり、さばききれません、これ以上余計な事させないでね~)クリックするボタンがちょっとややこしいのである。
ここ数日の規制強化でどこもドタバタな様子が伺える。

カナダ側は証明書の確認を含めすべての作業を対面では絶対しませんモード。一方日本向けには指定された書式でないと絶対受け付けません、そしてプリントアウトで提出。
両国の違いがちょっと可笑しい。



湖では珍しくトランペターが岸に上がっている。
ギース、ダックたちもいる。

最後に儀式として薪ストーブをくべて
そして
しばらく湖畔と
お別れである。



日本とカナダの子供たちのために使いたいと思います。