サくら&りんゴ #124 ルーン
Look!
同居人が叫んだ
思わず振り返ると彼は湖の方を指さしている。
私はテーブルでコンピューターに向かっていて、彼はキッチンで調理中であった。
キッチンのストーブとシンクのひとつはアイランド式になっていて、そこに立つと湖が見渡せる。
私は彼の人差し指の先を見た。
曇りの日の穏やかな湖水である。
ほら、そこの木の少し右側
あれはルーンだ
同居人はキッチンを離れ窓際に行くと、そこに置いてある双眼鏡をのぞき込む。
私は慌ててその方向を見るも、一本のまつげくらいの黒い物体が見えるだけだ。
ほらこれで見てごらんよ
私の手にはずっしりと来る双眼鏡を目に近づける。しばらくめまいがするような画面の揺れに耐えながら彼の言う方を探し当てる。
するとそこにはダックにしてはくちばしが水平にとんがったのが一羽、スイ~と泳いでいくのが見えた。
なんであのまつ毛のような物体がルーンだってわかったのだろう
二日ほど前だったか
ここでルーンを見たことある?
そう同居人が聞いてきた。こことはレイクシムコーのことである。
ジェイ(私の夫)が見たとか言ってなかった?
そんな話をしていたのである。
私はルーンと言う名の鳥の事を、カナダの1ドル硬貨に彫られているそれ、ということくらいしか知らなくて
覚えている限り、見かけたことないわ
そう答えていたのである。
気づいてなかっただけかもしれない。
しょっちゅうハンティングやフィッシングに出かけている同居人であるが、ルーンは随分前に見かけたっきりだと言う。その時ルーンは彼に向かって威嚇して来たらしい。気づくと立っていた場所の近くに巣があり
斑点のついたこんな大きな卵があったんだ。
こんな大きさだよ!
同居人は両手で円形を作ってそう説明してくれたばかりだった。
なんというタイミングだろう。私の頭に彼の話すルーンがまだとどまったままでいた矢先、このシムコーに現れるなんて。
同居人のちょっとした興奮も手伝って、私はデジカメをつかむと思いっきりのズームをそのまつ毛のような物体に合わせ、そしてシャッターを切った。
黒地に白のストライプ模様の美しい水鳥が浮かび上がった(ヘッダー写真)
鳴き声を知ってる?ちょっと怖いんだよ
同居人はそう言ってYoutube開いた。
それがこれである。
なんという怖ろしくも美しい声だろう。
合間に来るヒュルルルルルと言うところが特徴らしい。
ルーンはハンティングできないんだ
カナダオンタリオのオフィシャルバードだからか、繁殖が限られているのか規制があるようだった。
しかしそれにしても、っと私は可笑しくなった。
料理をしながらも湖を見ていること
遠くにいる水鳥の種類を言い当てられる事
そして常に湖側の窓に双眼鏡を置いておくこと
同居人の行動がまるで夫と同じだ。
さすが25年以上ハンティングを夫と共にしてきたと言うだけの事はある。
その夜同居人はさっさと自分の部屋に入り、私は日本時間に合わせた仕事のためにコンピューターと向かい合っていた。
すると
遠くからかすかに
あの透明感のある女性のうめきのような声が聞こえて来るではないか。そしてさらにヒュルヒュルひゅるる~と。
キルトカーテンを開けて外を見る。そこは漆黒の湖である。今聞いたばかりの声があたかも幻聴だったかのように空気はしんとしている。
あるいはほんとうに幻聴だったのかもしれない。
さてYoutube をあらためてみるとタイトルがなんと8時間のルーンコールとある。リラクゼーションにいいらしい。
頭が忙しすぎて眠れない夜のために