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サくら&りんゴ #58 人肌のぬくもり

ハグハグしてる?


東京で運営する子どものための英会話教室に、10年来お世話になっている講師がいる。

震災の後、放射能汚染があるからと突然出国し姿を消した講師の後を引き継いでくれた。
その頃、その新しい講師は新宿にある別の英会話教室で働いていた。スクールまで普段ならJRで10分の距離なのに、震災当日電車が止まったために、バスを乗り継ぎようやくの思いでたどり着いた。
やったークラスに間に合った!と両手を上げたら別の講師に、
みんなどうやって帰ろうかと思っているときに、なんできみは来たんだ?とあきれられたらしい。
何万人もの帰宅難民を生み出し中の時である。
いやはやと笑いながら話してくれて、その週からうちの教室に来ることになった。

彼はホントにまじめなイイヤツで10年間彼のどのクラスも問題なく進められた。私がカナダに来るようになってからは、クラスごとのメールのやり取りの際に、
雪がかなり降ったってママが言って来たけどそっちはどう?
そんなひとことも付け加えられている。
彼の両親は私がいる湖畔から車で2時間余りのところに住んでいるのだ。

彼は私の夫に日本で何度か会っていて、私たちの結婚届を出すことになった時、サインをしてくれたひとりでもあった。

去年、カナダで夫を亡くした後、続いて日本にいる母も亡くなり、私は急な帰国を余儀なくされた。

そんな私の状況を慮って彼は
日本では習慣ないかもしれないけど、きっと今これが必要だと思うんだ

そう言って大きくてあたたかいハグをくれた。
私は大泣きして、彼もつられて一緒に泣いてくれた。

それからというもの私が日本に滞在中は、毎回クラスが終わって彼の帰り支度が整うと、大きなハグをくれることになった。
何の言葉もない、ただ抱きしめてくれるだけである。


カナダの湖畔の家で夫が闘病に入ってから
私はいったいいくつのハグに助けられたことだろう
パーソナルケアワーカーの人たちの
いつも支えてくれたマーガレットの
看護師のシャノンの
ドクターのケリーの

感染症が広まる前のことである
ある時はこの講師のように無言の
ある時は優しく柔らかく
ある時は力強くぎゅっとしたハグで
そしてある時は一緒に泣いてくれた

その人肌のあたたかさが
いつもいつもいつも
私の心を救ってくれた



夫との間でも何かあったら両手を広げて
それはハグしての合図で
元気な時は夫が私をすっぽり包んでくれて
夫が車いすになってからは私が覆いかぶさるようにして

もちろん夫との間では、ハグが常にいいハグだったわけではない。
noteの夫の緩和ケア記録にも記したが、時としてとんでもない結果をもたらすことにもなった。

それでもなお私は夫に抱きしめて欲しくて
夫の体温を
夫の匂いを感じたくて
私は両手を広げた


人肌のあたたかさと言うのは
心を癒すために
なんと絶大な力を持っていることだろう

Cuddling 夫がよく使っていた言葉。
私たちはベッドの中で抱き合ってぬくぬくするのが好きであった。
夫の体温は高く、ブランケットの下で冬場など私だけの湯たんぽのようにポカポカする。
今日あったこととか、ちょっとした先の予定とか、そんなたわいもないことを話しながら二人でぬくぬくする時間。
Wifey(妻)とベッドでcuddlingする時間がいいんだ
そう臆せず自分の娘にも話していた夫である。

私は朝目覚めた時のベッドの中でのぬくぬくも好きで、でもしょっちゅう夫はさっさと起きて仕事をしていたりして、そんなときは大いに不満に思ったものである。


感染が広がってからこちらでよく耳にするのは、
おばあちゃんが孫とハグハグできないと言う不満。
窮地に立っているときやパートナーとの間のぬくぬくハグハグだけでなく、子供たちの活力ある体温は私たちに大きなエネルギーを与えてくれる。

息子のマーチュが小学三年生になった時の事。
そう言えば道路で手をつないで歩かなくなったと気づいた。
東京での話である。
思い起こすとひとつ上のアーニャも同じ年だったと。
なんだか妙に体が寂しい気がするのはそのせいだと気づいたのである。
外で手をつながない、というだけでなく子供たちは成長して、友達と多くの時間を過ごすようになったということだろう。子供との身体的接触時間がうんと減った時期だったのだと思う。

カナダに来て、人肌のぬくもりの良さとその効力を知って、子供たちが成長してからは、そのあたたかさが必要な時にちゃんと分けてあげることができていなかったのではと、今更ながら後悔している私である。


いくつになっても
人肌のぬくもりは
お互いの心をやわらかくしてくれる
文字通りからだをあたためてくれる
だから今も私は
夫の体温が恋しい
そのあたたかさがすごくすごく恋しい
いつもいつもそう思っている

たぶん、いつもこれからもずっと


10/24
今日の夜明け前
湖にはゆっくりと朝靄が立ちのぼっている

晴れて
でも
寒い一日の始まりである

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ながつきかず
日本とカナダの子供たちのために使いたいと思います。