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サくら&りんゴ #34 アメリカ人の闘争精神?
They tricked you
電話の向こうで 年配らしい弁護士が語調を強めた。
Mr.ギルモア。
突然2000万円以上もの請求を記したメールを受け取って1週間。5つの法律事務所とコンタクトを取り、彼は電話で話す3人目の弁護士である。
Mr.ギルモア:最初にあなたも弁護士を雇うべきで、彼らはそれに言及しなかったんですからThey tricked you.
Mr.ギルモアはもう一度tricked、だましたと言う言葉を使った
Mr.ギルモア:向こうの弁護士にはそれをあなたに伝える義務があるのです。それでProbate certificate はどうしたのですか
でた、またPなんとかと言う単語。
ただでさえ電話での会話は聞きづらいのに、Mr.ギルモアは早口でわけのわからない単語を並べたてる。わたしより憤慨した口調で。私が理解しているかどうかなんてそっちのけで。
Mr.ギルモア:あなたにはあなたの権利を主張する権利があるのです。もっと最初の時点でそうすべきだったんです。
わ、私はこの最後に出てきた数字が交渉可能な数字なのかどうかを知りたんです。Mr.ギルモアの語気にたじろぎながら言う
Mr.ギルモア:そう言うことではないのです。その金額を払うどころかもっと取れる権利を最初に主張すべきだったんです。
そう言うことではないって、そう言うことなんですけど・・と言いかけるもさえぎられ
Mr.ギルモア:私が扱っているのはエステイト分野ですからこれはもう私は力になれないですね、ファミリーロー(family law)の分野です。そちらの弁護士を紹介しますか?
私はあなたの資料を何も見ていませんから、うかつなことは言いませんよ。何のアドバイスもしません。ただあなたはあなたの権利を確保しなければいけない事は確かです。
私の権利の確保。
ネットで近くにある法律事務所を検索する中で、弁護士の専門分野がかなり詳細に分かれていることが分かって来た。ビジネス関係の事項と離婚など家庭内の事項では専門が違うことは分かる。しかしたとえば故人の遺産を扱う部門でも、例のProbateの準備とprobateのあとに関してでは専門が違うらしい。
なんせ一つのオフィスにコンタクトを取ってもあちこちに回されてしまうのだ。やっとコンタクトを取れた弁護士に状況を説明すると、自分の専門ではないという。そしてたどりついたこのMr.ギルモア。
タダでさえパニックっているのに、彼の話を聞くと私はとんでもなく正当でない扱いを受けているように思えてくる。ひょっとしたら実際にそうなのかもしれないけれど。私が呑み込めていないだけで。
だから私はオンラインの情報だけでなく、周りの知り合い手当たり次第に経験を聞いていた。一番近い友人Kimは、
裁判を起こすということでなく物事を公平に進めるのに弁護士が必要ってことだろうね。
夫は私が知るだけでも3つの裁判を抱えていた。ヤツはアメリカ人だからな~(失礼、完全な私の偏見です)と、その闘争精神を10歩下がって他人事としてみていた。
私にとっては弁護士=裁判。
だからとりあえずは何の争いも闘いも起きないと思っているところに弁護士を雇うという項目は私のto doリストに入っていなかったのだ。
まだ30歳そこそこのエリックにそう言って愚痴をこぼすと、お祖父さんの遺産を巡っての裁判が終わったばかりだと聞いて驚いた。話を聞くと自分の権利を主張した方がいいと、うちの夫が勧めたらしい(ほらヤツはやっぱりアメリカ人だ。再び失礼 偏見です)。
私など、自分の祖父母の遺産がいくらかなんて全く知りもしなかったけど。
自分の権利を守る。そんな風に主張しなくても日本では色々なことに守られて、その権利を当たり前のように持って暮らしていたのかもしれない。
Mr.ギルモアとは方向が違う気がして電話を終える。その代わり別の法律事務所のアマンダと直接会う予約を取る。電話のカウンセリングで彼女の回答のひとつが、私が後に調べたこととは違っていることがわかってその専門性を少し疑う。しかし一応実際に会って様子を見ることにする。電話の向こうから、早急に対処しましょう感が伝わって来たからだ。ある法律事務所など、折り返し電話をしますと言って4日経つ。
また別の弁護士とは、電話カウンセリングの予約をしていたのに、時間が来てもコールが来ない。事務所に連絡。が、誰も出ない。メッセージを残す。折り返しがないので弁護士リストに×印を入れようとしたところで
あらあらごめんなさい、すっかり遅れてしまって。
と電話がかかって来た。フリーカウンセリングだから重要でないのはわかるけれど…!
法律事務所の名前はどこも長ったらしく、早口で言われてもまったく聞き取れない。あちこちに電話をかけたりメールを送ったりしているせいで急に電話がかかってくると、どの弁護士か判別不能。Hi how are you?と聞かれてハーイとわかっている風を装い、話の内容を聞いてから判断する。
しかしいったいどういう基準で弁護士を選べばいいのか。あの、銀行マン任せにしたせいで中々手続きが進まなかったことを思うと、弁護士選びは重要である。私に同情して共感するタイプではなく、データと法律の知識を駆使し私の目的に合うよう冷徹に数字を整えてくれる人。そう言う人が有能だとたったひとつの経験、前夫との離婚時に学んでいる。
弁護士の電話を待ちつつネットで調べていると、あれもこれもとわからないと、芋づる式に知らなければいけない事が出てくる。
気が付くと夕方。パソコンのスクリーンの上には30ものタグがならんでいる。お腹が空いている
私の貧弱な容量の脳から、収められなくなった情報が完全に零れ落ち始めている。
しかしふっと突然
ひどくバカらしい気がした。
返事をする期限が10日後に迫っていたが、向こうが勝手に決めた期日だ。なぜそれにあたふたしなければならないのだ。
湖畔の家は売らない
それに変わりはないのだから。
ガラス戸に立って湖を見ると赤い月が昇っている。
薄闇にギースの声が聞こえる
次第に大きくなり、甲高くなり
そして一直線に並んだ彼らの着水音が聞こえる
湖は
どんな時も
変わらず
そこにある
明日訪れるかもしれない夫の死。いやそれは一時間後かもしれない。
そんな日々の事を思い出すと今ある困難なんて、なんともなく乗り越えられる気がする。いつもと変わらぬ湖と、そこから昇る太陽と、そして月がある限り。
よく見るとトマトの葉の間に赤いメイプルの葉が一枚
秋が忍び足で近づいている
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