偶然の横糸 2
偶然の縦糸1の続きです。
実はレノアとの偶然の縦糸の前に、偶然の横糸があった。
当時夫のジェイはいくつかのビジネスを掛け持ちしていて、そのひとつがオーガニックのピマコットンを使ったシャツや下着類の通信販売だった。主にアレルギーなど皮膚のトラブルのある人に好まれて、カナダから国境を超えアメリカにも販売されていた。
その事務的な手続きをしていた若いスリランカの男性が夫の新しいビジネスを手伝うこととなり、その代わりを探していたのである。
きみのプリスクールで誰かいない?
朝、スクールまでバンで送ってきた夫のジェイが私を落としながら聞いた。
探してみるわ。
そういって私は、サマーキャンプを受け持っていたこのモンテソーリスクールのオーナーの娘を思い浮かべた。まだ大学生でバイト先を探していたのである。
彼女の連絡先知らない?
私はランチタイムに横に座ったレノアに聞いた。すると彼女が言ったのである。
私ができるわ
そうやってレノアは夫ジェイの仕事の手伝いに週に何度か湖畔の家に来るようになった。湖畔の家のガレージにはオーガニックコットン製品の詰まった箱とそしてまだ製品にならな生地が天井まで積み上げられていたのである。
何回目かにやってきたとき、彼女の手に本があった。
これよ、この間話した本。
Hana’s Suitcase(日本語タイトル:ハンナのカバン)。
ページを開くとコピー用紙に印刷した写真が挟んであった。
手に取ると、レノアがトロントの小学校で先生をしていた時のものだという。
ジョージに子供たちにホロコーストの悲劇の経験を伝えてもらった後、みんなで植樹をしたのよ。
この本に出てくるアウシュビッツで犠牲になったハンナのお兄さんジョージはなんと奇跡的に生き残って、そしてトロントに住んでいたのである。
それを知ったレノアが尽力してお兄さんを学校に招待していた。
この本はアウシュビッツで亡くなった人々の遺品からその持ち主であるハンナを見つけ出した日本人女性の奮闘のドキュメンタリーである。
レノアは、突然カナダのモンテソーリプリスクールにやってきたまだ運転免許もない私が日本人だと知って、この本に結び付けてくれたのである。
マリア・モンテソーリもそうだが、素晴らしい先生は実に子供たちのことをよく観察していて、誰がいつ何を必要としているか、そんなことが肌感覚でわかるのだと思う。
レノアがそういう人だ。
ところがその後
夫が病に倒れた。
救急病院から戻ったその日、玄関先のドアにメモが挟んであった。
今日仕事日のはずだったけれど
連絡ください
レノア
私はあわててレノアに連絡し、夫が入院中であると告げた。
その後、救急病院から夫は退院しまたいつもの日常が始まりかけた。
私はプリスクールのお手伝いに戻り、レノアとは湖畔の家に仕事にきたときにお茶でも一緒に飲もうとのんびり考えていた。
まさかそのあと事態がどんどん悪化していくなんて考え付きもしなかったころ。私は自分自身がカナダの生活に、そしてモンテソーリのスクールに慣れることでまだまだ頭がいっぱいだったのである。
Hana's Suitcaseは私たちのベッドわきにあるナイトスタンドに置き去りにされた。
でも私は忘れてはいなかった、この本のことを。
だからこのあとのことは偶然ではないのだ。
私の心の片隅にあったこの本が次の縦糸を紡いでくれることとなった。
偶然の縦糸・横糸 3に続く