見出し画像

サくら&りんゴ #74 サンドチェリーの下に

雪はいったん溶けて、裏庭ガーデンには土色が戻っている。
帰国前にやらなくてはならないことがもうひとつあった。

それはリンゴの木の冬支度である。
無駄な枝をカットし、根元に肥料を加えて、そしてバーラップと呼ばれる荒く編んだ麻布で覆う。バーラップはリス除けで、食べ物がなくなり土が凍結する冬場木の根っこをかじられるのを避けるためである。

夫が元気な頃、この時期つまりクリスマスの少し前、大抵私は東京へひとっ飛びに戻って、運営する教室のクリスマスイベントの準備をしていた。
クリスマス当日にはこちらカナダに戻って来るのに、その私の一時帰国は夫を限りなく不機嫌にさせた。夫は夫でレストランのかき入れ時で、このシーズンは日本に一緒に戻ることができなかった。
自分だって仕事の都合があるではないかとこちらも頭に来て、いつも壮絶なバトルとなった。

その中のひとつが

きみはサンドチェリーを台無しにする気か!

これだけでは何の事やら最初訳が分からなかった。

つまり、私たちの結婚記念樹として夫は家の湖側にサンドチェリーを植えてくれた。私がここに記念樹を植えたいと言ったのだ。背が高くならないドローフタイプのサンドチェリーを夫が選んだ。
そのサンドチェリーにリス除けの冬支度をするのは私の役目だというのだ。

それをしないのなら東京には戻らせないと言うかのように。

急ごしらえのように空港に向かう直前に与えられた作業
何それ
嫌がらせ?
駄々をこねる子供みたい

その頃はまだリンゴの木もなくて、私はまだこの地の冬の厳しさを本当には知らなかった。私は怒りながら、スーツケースに鍵をかけた後、庭に出てバーラップをかけた。

🌸🌸


りんごの冬支度を始めながら私は、そんなことを思い出した。

南側の3本のリンゴの木とネクタリン、裏庭側のただの棒きれだった2本のリンゴの木にバーラップを巻く。

画像2

最後にサンドチェリーにも丁寧に冬支度をした。

そしてこのサンドチェリー大きくなりすぎると、リビングの窓から湖が見えなくなってしまうことに、今頃やっと気づいた。

夫はいつもずっと先を見ていたのに、ああ私はいつだって目の前の事しか見えていなかったなと、自分ながらふっと可笑しくなる。


私の理解できない新しいアイディアが絶えず頭をめぐっていた夫。そしてまさかというような子供の部分をあらわにする夫の事は、さらに理解できなかった。
そんなことも思い出しながら

大丈夫、サンドチェリーにもちゃんとバーラップかけたからね。

私は夫に話しかける。

画像1

夫は自分の灰を、半分は生まれ故郷のアメリカ・バモントのリンゴの木の下に撒いて、あとの半分は私と一緒に私の生まれ故郷の京都に戻ると言っていた。けれど私は密かに、そのうちの幾分かをこのサンドチェリーのもとに撒こうと思っている。
エリックと夫の娘のジェニファーを呼んで一緒に。
夫がカナダにいたという証として。
そして


自分の先のことはわからないけれど
このサンドチェリーの下で湖を見ながら、夫と一緒にいるのもいいなと思っている。


感染防止のため閉じていたアメリカとのボーダーが開いて、夫の一部はようやくアメリカに戻ることができそうである。

そうなのである、夫の遺灰は湖の冬景色が施された木彫りの箱とアメリカ行きのためのダックが彫られた箱と共に、まだキッチンカウンターの隅に置かれたままである。
私もいずれ一緒に入る予定のその湖の分は、ベンチに座るカップルの後姿も掘り込まれていて、

画像3

私のお気に入りである。
木彫り好きの夫もきっと気に入っているはず。



ヘッダーの写真は春のサンドチェリー。

リンゴの木のいきさつ↓

Be happy





日本とカナダの子供たちのために使いたいと思います。