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母えみこ、75歳になる ①

当然、よろこぶと思っていた
山奥で昨年よりひとりで住まう母だもの
お誕生日前夜に、娘ふたりがサプライズで登場!てなったら
うれしくて泣いてしまうかも

しかし、現実はちがった

20時を過ぎた玄関のピンポンに、明確に不審がる「…どなたですか」の台詞
そこまでは想定内

「かずみだよー」

そうしたら
「かずみ?」とちいさくつぶやく声が聞こえる
「あけてー」と戸を叩くこちらに対して「お風呂から上がったばかりだから1分まって」の返答
声が固い

なんだか、想像とちがうんですけど
姉上とふたり「おどろかんし、よろこんでもない」と玄関外でいぶかしむ

引き戸を開けて「ああ、かずみさん」と確認したあと
横に立つ姉上の顔を見上げてぎょっとする母
「ああ、なおみさんね」
娘の顔を思い出したのか、安堵したように息をつく

よろこぶと思ってたのにー

ぷすんと、文句をいうわたし

いやいや
想像が浅かったのだ
山奥でひとり暮らすおばあさん宅への夜の来訪は、サプライズではなく恐怖だということ
まったく思い至らなかった

すまない、母上

しばらく時間がたつと、ふつふつとよろこびがこみ上げてきたらしい
いつもの、終わらない話がはじまる

調子でてきたえみこさん

連休最終日、仕事だった姉上は一度家に戻り家族の食事をつくり、わたしに食べさせる夜食も用意し、駅まで迎えにきてくれた
妹(わたし)はといえば、朝からごろごろし、昼から待ち合わせ駅の漫画喫茶で念願の『ザ・ファブル』を読みながら迎えの連絡を待っていた(全巻読み終わらず、リベンジの予定)

「なおちゃん、すごいなー」

こんな妹ができることといえば、できた姉に賛辞を贈るくらいだ
助手席で食べる具沢山な「おにぎらず」は絶品であった

そんな姉妹が、明日誕生日である母の祝いに駆けつけたのだ

「あしたのランチは、かずみがごちそうするね」

夜はノンカフェインでないと眠れなくなると訴えるわたしのために姉上が入れてくれたハーブティを飲みながら提案する
運転も高速代も姉上が受け持ってくれたのだ(半分払えよ)

せめてもの申し出だったのだが

「かずみにごちそうされたら、安心して食べれん」
「どんどん(うどんのチェーン店)とか選んでしまうね」

ふたりには、まったく歓迎されなかった
カバンの中の財布の薄さが、彼女たちには透視できるらしい

そんなわけで、ふたりがどこに食べに行くか真剣に悩んでいる間、わたしは寝た


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