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そんな楽園みたいな場所

一年前の二月、ひとりの優秀な学生から、内定の報告をもらった。

その学生のポートフォリオはとてもよく出来ていて、色々な企業からスカウトをもらっていた。本人は謙虚で聡明。真面目に見えて打ち解けると会話も弾むタイプで、色々なジャンルの話が出来た。敢えて就活指導上仕方なくMoreを伝えるとしたら、うーん、そういう学生いっぱいいるし別に指摘するほどでもないけどな、と逡巡しながら「自己評価低すぎ?かも?」というようなことを伝えて面談を終えるような学生だった。
そういうわけで、その人は内定をもらうのも早かった。わざわざ直接伝えたいとZoomのURLを送ってきて、泣きながら内定報告をしてくれたのが、一年前の今日だった。

しかし、その学生はその内定を、今よりもう少しあったかくなった頃に辞退することになる。

「改めて将来のことを考えてみたら、内定承諾した事業会社よりも、受託制作(=クライアントワーク)の会社の方がスキルが積めていいんじゃないかと思ったんです」

これ以上ないというくらい自分でじっくり考えたのだろう。きっぱりした口調のテキストが送られてきたのだった。僕以外の人とも相談することがあったのかもしれない。その連絡をもらった時には既に内定辞退を終えた後だった。
持ち前の謙虚さと人当たりの良さはまだ健在で、「だから就活をやり直す。もう一度壁打ちのための面談をしてほしい」という言葉も、その報告には添えられていた。

話題にしたいのはそこからである。

今後の就職活動をどんなふうにやっていくのかを考えるにあたって、その学生が話したのはこんなことだった。

・スキルと実績をたくさん積みたいので、いろんな経験ができる受託制作の会社がいいと思った
・内定をもらった会社は、自分には合わないかなと思い直した。社内のコミュニケーションが思った以上にクローズドだった
・人事担当者の連絡が後手に回ることも多く、不信感が募っていった
・ついては、もっと自分に合う会社を選びたい

いずれの理由も、間違ったことではないと思う。企業を選ぶ基準として、真っ当な理由になり得ると僕も思う。
新卒という特権は一度しか使えない。慎重に慎重を重ねて、 “本当に自分が納得できる進路” を選び取ろうとすることは間違ったことではないと、僕も思っている。

しかし同時に思う。
あるのだろうか。そんな、ひとつも納得が出来ないところがないような、あなたの形にぴったりとはまるような会社が。そしてその納得度を、ほぼ就労体験がない学生が、どれくらいの精度で、どれくらいの数の会社を精査できるものなんだろうか。受託制作の会社なら必ず色んなことが経験できるのか?人事担当の連絡が後手に回ったのは、プライベートなことがあったからではなかったか?
そういう風に頭のどこかで考えながら、それは言葉にしなかった。一緒に今後の計画を立て、企業をリストアップし、Zoomを切った。

その学生は程なくリストアップした企業からひとつ、内定を得る。
そしてその会社を入社半年ほどで辞め、しばらく連絡がつかなくなった。

先に言っておくと、このnoteはその元・学生から久しぶりに連絡をもらったことから書き始めている。

げんきです!!でも今はちょっと人生をおやすみしています。やっとポジティブになってきたところです。後悔はしています。そんな楽園みたいな場所なんてないよ!と当時の自分に伝えたいです笑



ルフィ
「あ トナカイ!!!」

ルフィ
「おいお前いっしょに海賊やろう!!」

チョッパー
「…無理だよ…」

ルフィ
「無理じゃねェさっ!!!楽しいのにっ!!!」

チョッパー
「おれは…お前達に…感謝しているんだ!!」

チョッパー
「だっておれは……トナカイだ!!!」

チョッパー
「角だって…蹄だってあるし……!!」

チョッパー
「青っ鼻だし………!!!」

チョッパー
「そりゃ…海賊にはなりたいけどさ…!!」

チョッパー
「おれば人間゙の仲間でもないんだぞ!!バケモノだし…!!」

チョッパー
「おれなんかお前らの仲間にはなれねェよ!!!」

チョッパー
「…だから…お礼を言いにきたんだ!!!」

チョッパー
「誘ってくれてありがとう…」

チョッパー
「おれはここに残るけど」

チョッパー
「いつかまたさ…気が向いたらここへ」

ルフィ
「うるせェ!!!いこう!!!!」

ゾロ
「うるせェって勧誘があるかよ…」

チョッパー
「お゙お゙!!!!」

ONE PIECE 第152話「満月」より引用

ワンピースでとりわけ印象的なシーンが、この “うるせェ!!!いこう!!!” のシーンだ。
改めて読み返して感じ入るのは、ルフィのその乱暴な誘い文句よりも、チョッパーの逡巡と返答である。ここまでにじっくり考えてきたであろうことをひっくり返して、船に乗り込む選択肢を取る。トナカイとして産まれた自分を、麦わらの一味全員が受け入れてくれるかどうか、この時点のチョッパーはまだ不安だったのではないか。
それでも声を上げて船に乗り込む。

その身を誰かや組織に預けるということは、当然慎重な方がいい。自分にとってそこがいい相手/場所なのかは石橋を叩きすぎることはないくらいに確かめるべきだ。
でもそれと同時に、相手のすべてを知るということが、原理的に不可能であるということも理解しておくべきなのだろうと思う。組織は個人が結びつきあっている多面的なものであり、そして個人/組織はそれぞれ時間によって変化するものだからだ。そして当然、自分、も変化する。

楽園のような場所がない社会でも、自分が機嫌良く生きるための手立てのようなものはあると思えると良いなと思う。たまたま隣同士で仲良くなった友達とか、何となく使っているうちに手に馴染んだ文房具とか、何の変哲もないけど気に入って通る帰り道があるみたいに、たまたまその瞬間に自分がいる場所やこれから行く先を肯定することは、不可能ではないと思っている。

どうか身を預ける先が、自分が想像した通りのものでなくても肯定できますように、と祈るような気持ちで学生と面談している。

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