一秒で、とろたく
刺身を食べるとき、ワサビを醤油でといてはならない。蕎麦を食べるとき、蕎麦をつゆにドボドボとつけてはならない。
そんなどこかで聞いたもっともらしい知識を日常で実践する自分に気づくと、心の声が「ああ、お前またヤッてんな」とつぶやく。
年をとるにつれ、見栄や体裁など他人からの目線を気にするようになり、見えないルールがどんどん増えていくことにホトホト嫌気が指していた。
ただ、今年に入って数々の食を愛する方々(敬意を評して、僕はその方々を「変態」と呼ぶ)と出会い、僕のなかの何かを変えてくれた。
ジャズのボーカルをやりながら熱燗を極めようとする燗酒師、わずか9畳の部屋でビールを造り続けるクラフトマン、生涯をビリヤニづくりに捧げる男。そういえば、昨晩はおにぎりを握りながら全国を旅するオニギリスト(?)に出会ったっけ。
彼ら彼女らは、「〜しなければならない」という重苦しい義務の世界から抜け出し、魂を解放させ、「〜したい」という軽やかな無邪気の世界に生きている。
そんな生き方に影響を受けてか、少しずつだが最近身軽になっていく自分に気づき、それが素直に嬉しい。
先日、お気に入りの回転寿司へ行ったときのこと。
▲新鮮なネタが一律150円で食べられる回転寿司、神保町「もり一」
ふらっと店内に入り、席に着く。大将と目が合う。
一秒で、「とろたく!」と注文する。
寿司ネタで何が好きかって、とろたくが好きだ。
ねっとりとしたネギトロとシャキッとしたたくあんの食感のコントラストがたまらない。
しかも、とろたくとビールの相性は異常。ネギトロの脂っぽさを追っかけて、ワサビが鼻にツンときたときに、ビールをぐびりぐびり。
ビールでさっぱりした口が、とろたくをまた欲する。これを永遠と繰り返す。
蛇足だが、この店でとろたくを頼むなら「軍艦」ではなく、「細巻き」を絶対注文すべき。なぜならこのお店、なぜか細巻きには大葉が入っていて、軍艦には入っていないのだ。
▲とろたく軍艦には大葉が入っていない・・・
この大葉の香りが絶妙な仕事をする。ただ、とろたくにおける大葉の良さを誰かに説明するのはとても苦労する。
とろたくを食べ終えると、好きなネタを何貫か適当につまむ。
そして、〆にもう一度とろたくをオーダーする。
以前の僕なら、最初にとろたくを頼むなんてありえなかったし、同じネタを2回頼むのも気が引けてできなかった。
サッパリした白身から入って、味の濃い赤身やウニなどを順番に頼んでいく、なんとなくそうじゃなきゃダメだと思い込んでいた。でも、注文の順番にルールなんて別にないし、同じネタを2回食べたって、3回食べたっていい。
他人から見たら寿司で何を注文するかなんて些細なことかもしれないが、食べたい寿司を自由に注文できることの楽しさは僕にとって何にも代えがたい変化だった。
食はもっと自由でいい。みんなの好きよりも、自分の好きを大切にしたい。
僕は、とろたくが好きだ。
最後のとろたくをポイっと口の中へ放り込み、ビールをぐいと飲み干し、軽やかな足取りで僕は店を後にした。
・もり一(神保町店)
https://retty.me/area/PRE13/ARE11/SUB1104/100000076631/