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金曜の飲み会

今夜は珍しく飲み会だ。
飲み会なんてハードボイルドな男には似合わない、とくに金曜の夜はな。金曜ってのは、ただ座って酒を飲むだけでも美熟女が肩をつついてくるような気分にさせる。週末が始まるってことだ。俺はそれを静かに迎えたい。だってそうだろう? 俺みたいなハードボイルドな男ってのは、せわしなく群れて笑う奴らの中にはいないものだ。

飲み会だなんて、まるで性に合わないんだが、「行くっきゃねえだろ!」とタポツが電話で騒いでくるもんだから、仕方なく腰を上げた。

今夜タポツがチョイスしたその店は海辺にあった。島の端っこだ。天気が荒れていて、エラく寒い風が吹いている。店の名前は『ビレッジ・タップ』。潮の結晶の染みついた木製のドアを開けると、すみっこのテーブルでひとり揺れてるタポツが見えた。こいつはいつも先に来てる。案外真面目な奴なんだ。俺はタバコの煙がくるくると渦巻くその場所に向かった。

「おぅ、来たか。遅いぞ兄弟。おれがひとりで飲んでる寂しい奴みたいに見えるじゃねぇか!」

「仕事だよ」

「仕事?何かのプリントを眺めてただけだろ?」

「そのとおりだ、飲んでるのか?」

「あぁ、酒場だからな。生ビールだ。」

「で、今日はなんの集まりだ?」

「意味なんかねぇよ。ただ飲みたいだけだ」

「お前。なんで俺を呼ぶんだよ。居るだろう、飲む仲間ぐらい」俺は席につきながら瓶ビールをオーダーした。すかさずタポツが笑った。

「おいおい。なんで瓶ビールなんだよ!せっかくだからハイボールぐらい飲めよ。お前のハードボイルド気取りが台無しじゃねぇか」

しばらくするとホクツが入ってきた。スーツ姿が板についていて、いつもながらきちんとしている。だが、ネクタイがほんの少し緩んでいるあたりが金曜らしい。

「遅れてすまん。道が混んでた。」

ホクツが席に腰掛けると、タポツが即座に反応する。
「おっ、まともな奴の登場か。これで俺とハードボイルド君も安心して酔えるな。」

「酔うのはお前だけだよ。」
俺が言うと、タポツは声を上げて笑った。

しばらくバカな話で盛り上がってると、酒場の扉が開き、妙な空気が一気に流れたこんできた。見たこともないオヤジが立っている。サングラスにレザーのジャケット、髪はボサボサで、何よりその匂い。遠くからでもわかるくらい、アルコールと煙草の匂いがする。

オヤジはフラフラと近づいてきて、俺たちのテーブルに勝手に腰を下ろした。

「お前ら、何飲んでる?」

俺たちは顔を見合わせる。ホクツが一番まともな声で「知り合いじゃないんですけど」と言ったが、オヤジは無視した。

「ビールか、ハイボールか?どうせそんなとこだろ?若い奴らはみんなそうだ」

「若いってほど若くないけどな」とタポツが言う。

オヤジはニヤリと笑って、「酒なんてのは、飲むもんじゃねぇ。呑まれるもんだ」とか意味不明なことを言う。

「それで、おっさんは何者だ?」俺が聞くと、オヤジは一瞬間を置いて、「哲学者だ」と答えた。

「哲学者?飲み屋で?」ホクツが鼻で笑う。

「場所なんて関係ねぇだろ」とオヤジは言い、ポケットからウイスキーの小瓶を取り出して自分でグラスに注ぎ始めた。

俺たちはもう何も言わなかった。ただ、タポツが小声で「これ、どうする?」と俺に尋ねてきたが、俺にも答えはなかった。

オヤジは自分のウイスキーを一気に飲み干し、満足げな顔をしてこう言った。

「人生ってのはな、飲み会みたいなもんだ。誰が来るかわからねぇし、誰が帰るかもわからねぇ。でも、それでいいんだよ」

その言葉が妙に耳に残ったのは、俺がもうハイボールに移行し、3杯目に突入してたせいかもしれない。

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