『人口減少×サッカー』 Jリーグ経営戦略と日本サッカー成長戦略に強いられるパラダイムシフト
サッカーを日本人がプレーするに際して、強化、人材養成、またはクラブ経営におけるブランディングなど、ありとあらゆる分野において「世界の基準」または「世界のルール」で行っていく必要があり、「日本サッカー」然り「Jリーグ」然り、それらがサッカーという分野において「単体」で存在することは不可能である。と、これまで私は様々な視点で主張をしてきました。
上記のようなことを主張すると、必ず以下のよう指摘があります。
『日本は日本だから今のままでいい』『海外が全て正しいというわけではない』『海外サッカーかぶれだからそういうことを言う』『Jリーグで日本人に合わないブランディングをしたら人が来なくなる』etc...
このような意見を頂くのは、恐らく私が個人的に「世界に勝ちたい」から、もしくは「海外サッカーが好きだから」このようなことを言っているのだと、そう思われているからなのかもしれません。もちろんが私が世界に勝ちたいのは間違いないですが、これらは個人的な意見をもとに主張している訳ではありません。
なので今回は、私が「今のままではいけない」と日々感じている理由を「人口減少(少子高齢化)」の視点から話を展開していきたいと思います。日本サッカーが強く意識していかなければならないことは、これから日本という国は「急速に人口が減っていく」ということです。
それに伴い、これまでの「日本サッカーの成長戦略」および「Jリーグの経営戦略」において、大幅な方向転換を強いられる時がくると私は考えています。これまでのように、日本という国におけるサッカーが「右肩上がりに成長していく」というある種の思い込みは、一度捨てなければなりません。
■人口減少社会
ここに言うまでもなく、戦後先進国には類を見ず移民政策ではない形で人口が急増した「人口大国」である日本ですが、現在は急速および長期的な減少フェーズに突入しています。内閣府の推計では、2048年には人口1億人を下回り、2060年には8,000万人代にまで落ち込むことが予測されています。また「我が国は世界のどの国も経験したことのない高齢社会を迎えている」と言われるように、1950年には全人口における24歳以下の割合が「55%」だった日本ですが、2030年には「18%」にまで減少すると予測されています。日本人の82%が25歳以上ということになります。日本サッカーが全く影響を受けない、とはあまり考えられません。
人口減少という現象が、日本社会や経済にとって大きな打撃になるのか、それともそうではないのか、その見解は学者によって異なりますが、「人口大国であった国の人口が急速に減っていく」という事実は既に数字で出ていますので、異論の余地はないかと思います。人口が減ることをチャンス(または大きな影響はない)と捉えている知識人の方々は、必ず「もし日本がこのようになれば」という前提で論展開をしています。つまり「人口が減る」という現象に対して、戦略を立て、より効果的に時を進めていくことが出来れば…という前提のもと「問題はない」と言っているに過ぎません。日本がこれからの未来に向けて「変化」をしていかなければならないことは、間違いありません。
※例えば落合陽一氏は著『日本再興戦略』の中で「人口減少はチャンス」と書いている
そしてそれは、日本サッカーも例外ではありません。日本経済がこれから人口減少によってどうなっていくのか、それは私にはわかりかねますが、ことサッカーに関して言えば「日本の人口減少はチャンスではなくピンチである」と、現状を見ているとそう思わずにはいられません。
そこで今回は日本の「人口減少(少子高齢化)」によって、日本サッカーに起こり得る最悪のシナリオを想定しながら、それに対して日本サッカーがこれから何十年先も「生き残っていく」ために、どのような「戦略」が必要になってくるのか、具体案と合わせて書いてきたいと思います。
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■これまでの日本サッカー
人によっては、今の日本サッカーの状況が素晴らしいように見える人もいるかもしれませんし、これからの未来に期待している方も多いかもしれません。それらの方々は、私やその他の人が日本サッカーやJリーグに対してある種ネガティブな主張をする姿をみて、違和感を覚えていることかと思います。一方で、特に海外でサッカーに従事するような方々や、サッカーの一流国を見てきた方々は、そこで「起きてきたこと」または「起きていること」を学び、私と同じような気持ちをお持ちの方も少なくないと思います。
先日、現日本代表の森保監督がこのようなことを仰っていました。
『選手の努力はもちろんあってのことだが、選手を育てている日本の普及や育成、グラスルーツから選手に関わってきた指導者の皆さんが、選手たちを世界のマーケットにのぼるような選手に育てている。(海外組の増加は)日本の育成、そして所属チームの指導者の方々の成果だと思っている。(中略)私も日本の指導者の一人として活動しているが、日本人の指導者の皆さんと世界で活躍できる選手を育てていければと思っている』
どのような意図を持った発言であったのかは測りかねますが、この言葉をそのまま受けとってしまうことは、非常に危険であると私は考えます。
■成果の要因
第一に、基本的に「育成の成果要因」とは測ることができないものであり、それが果たして森保監督が言うように「指導者の努力」が成果につながったのか、それとも「環境(ハード)が整った」からなのか、もしくはただ単に「競技人口が増えたから」なのか、あるいは何か別の要因があったからなのか、極論何が理由で「世界のマーケットにのぼるような選手に育っている」のか、正確には判断が出来ません。また、同じことを2回繰り返し検証することも出来ません(時代背景やサッカー界の流れにも強く影響を受けますし、同じ子供は2回生まれてきません)。
日本におけるサッカーは、Jリーグが誕生した辺りから「急速な成長を遂げた」として知られています。もちろんそれ以前の功績があったことは間違いありませんが、日本サッカーが世界的にある程度の結果が出るようになり、国内における人気が高まったのは、Jリーグ誕生以降の短い期間であったと言えます。この「急速な成長を遂げた」ということに対して、「日本サッカーは正しい方法で成長を遂げてきたのだから、これからも同じように継続していけば良い」と考えるのは非常に軽率であると言えます。
日本人選手たちが世界のマーケットにのぼるような選手に育っている理由は、単に競技人口が急激に増えていたからではないか?
だからこそ、このような疑いをもち、議論し、学び続け、変化し続けることを辞めてはなりません。これまで「うまくいっているように見えていた」ものは「急激に競技人口が増えていくことを前提にしなければ成立しなかった」ものである可能性があります。もし仮にそうなのであれば、これからはその「大前提が変わる」ということを直視する必要があります。
また「人口」と「経済」は切っても切れない関係にあり、日本サッカーが本格的にスタートしてから今まで、日本が「経済大国」であったことも忘れてはなりません。
※例えば日本おけるこれまでの「海外のマーケットにのぼった(海外に日本人選手が移籍するようになった)」という実績は「日本の経済力」と切り離して考えることは出来ない。全てとは言えないが、選手を獲得することによる「日本のマーケット獲得」が選手獲得の動機に大きな影響を与えていたことは明らかである。現在は、日本人選手は異なる理由で欧州の移籍ビジネス戦争に良くも悪くも巻き込まれている
この「人口増加(競技人口増加)」と「経済的な豊かさ」という2つの「大前提」が変わってしまう、もしくは弱くなってしまう可能性があるのです。
■日本経済と人口増加
日本が現在GDP総額世界第3位の経済大国であることは間違いありません。ただ「失われた20年」と言われているように、ここ20年日本経済の成長が止まってしまっていることも、また事実です。日本を約30年研究し続けるイギリス人経済アナリスト、デービッド・アトキンソン氏は著書の中でこう指摘します。
日本は、GDP総額ではいまだに世界第3位の経済規模を有しています。その要因は先進国第2位の人口の多さです。一方で、日本の生産性は世界第28位です。つまり、日本経済が世界で第3位なのは、圧倒的に人口の多さが主因なのです。『日本人の勝算』デービッド・アトキンソンより
彼の日本経済に関する諸々の分析が正しいかどうかは、いくつか著書を読んでご自身でそれぞれ判断していただければと思いますが、この「日本人は生産性が低い」という事実は数字として出ているうえに、私たちの肌感覚としても感じている部分だと思います。数字上、日本の「生産性」(一人当たりの生産性も同様)はこれまで先進国であるにも関わらず安定して低い状態でした。もしも人口の多さがGDPの主因なのだとすれば、人口が減ったらどうなるのか、と考えなければならないことは明白です。
高度経済成長期を経て「急激に成長を遂げた日本経済」と、Jリーグ誕生によって「急激に成長を遂げた日本サッカー」には、共通点が必ずあるはずです。もちろん全てと言うことは出来ませんが、この両者は「急激な(競技)人口増加」が大きな要因だったのではないか?と、そう考えることが出来ます。
■遅れてやってくる停滞
人口減少と日本サッカーを考える上で留意しなければならない点としては、社会で私たちが実感する「人口が減っている」という感覚よりも、サッカー界で私たちが実感する「(競技)人口が減っている」という感覚の方が強い、ということです。絶対数が少ないので、受ける影響も当然強くなります。
JFAのデータによると(図一番右列が全体の競技人口)これまで基本的に増加または維持を保ってきた日本サッカーの競技人口ですが、2015年からここまでを見ると、既に年数万人単位の減少フェーズに入っていることがわかります。日本全体の人口が明確に落ち始めたのは2008年(2005年に戦後初めての減少)であると言われていますので(総務省統計局HPより)、日本サッカーはその約7年遅れて減少が始まったことがわかります。これまでは「人口は減っていくがサッカー人気が高まっているために競技人口は増えていく」という時期が続きましたが、これからは少子化に伴って日本サッカー全体の競技人口は明確に落ち込んでいくことが予測されます。人口が減ったとしても競技人口を減らさないよう努力をすることはもちろんですが、せいぜい減速させるのが限界でしょう。
※赤い枠が前年より競技人口が増加した年、青い枠が前年より減少した年。これまでは減少したとしても数年内に元の数字以上に戻っていたことが分かるが、近年の減少率からすると今後の回復はないと考えられる。便宜上第一種を「高校生以上」としているが、同年代における2005年以降の競技人口が減り続けているのも興味深い。また女子サッカーの競技人口が唯一増え続けていることを加味すれば、日本はより女子サッカーに力を入れ、それによる日本サッカーの全体の底上を狙った戦略を打つべきであるが、そのような流れを感じることは今のところ皆無である。
これだけのデータで多くのことを分析することは出来ませんが、基本的には「これまでは競技人口が増加していたが、数年前から減少フェーズに突入している」ということだけは、間違いなさそうです。
世界でも稀なほど大きな経済成長を遂げた日本経済の成長が止まっているように、日本サッカーもこれから「失われた20年」などと言われてしまう可能性を否定できません。人口減少から一定期間遅れて競技人口の減少が始まったように、成長の停滞は「日本社会」から一定期間遅れて「日本サッカー」にやってくる可能性が高いのです。
■(競技)人口とサッカーの関係
ここで注意しなければならない点が2つあります。一つは、サッカーは「必ずしも競技人口が多い国が強い訳ではない」ということ。
そしてもう一つが「必ずしも人口が多い国がサッカーの商業化に成功している訳ではない」という点です。
1.必ずしも「競技人口」が多い国が強い訳ではない
2.必ずしも「人口」が多い国がサッカーの商業化に成功している訳ではない
もちろん「強い」または「商業の成功」は人口によって単純比較することは出来ませんが、人口の極端に少ないアイスランドが「明確な戦略によって」近年成長を遂げていること、また欧州の国々は日本に比べて人口がはるかに少ない(例えばスペインの人口は日本の半分以下)ということは、紛れもない事実です。
■2つの基盤
日本サッカーがこれから先、日本の人口減少(少子化)に合わせて衰退するのを防ぐためには、言わずもがな「競技としての価値(強いか弱いか)」および「商業としての価値(金になるかならないか)」という「2つの基盤」が必要になります。
1.競技としての価値(強いか弱いか)
2.商業としての価値(金になるかならないか)
サッカーというスポーツが「競技としての価値」および「商業としての価値」以外にも、様々な価値を人間にもたらしていることは間違いありません。私はそれらの価値全てを信じています。しかし「競技として価値をもたらすことができるか」また「商業として価値をもたらすことができるか」という「2つの基盤」がない限り、サッカーが持っている別の価値をもたらすことも、新しい価値を生み出すことも、到底出来ません。
私たちが考えなければならないのは、日本の人口減少に伴って『「競技としての価値」を生み出すために最も重要な「選手」が減っていく』という事実と、『「商業としての価値」を生み出すために最も重要な「消費者」が減っていく』ということです。
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