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蹴球症候群

他分野を通してサッカーを解明し、サッカーを通して他分野を解明する
サッカー、またはサッカー以外の分野から日々何を学んでいて、何に気付いて、何に疑問をもち、どんな風に…
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#マネジメント

他人を猛烈に動かすためには、4つの要素が必要不可欠である

他人はなかなか動かない。自分の正義を叫ぼうとも、自分の真実を説こうとも、これがなかなか動かない。他人を動かすことでしか価値を生み出せない仕事(例えばサッカー監督)をしている人にとって、これ以上ない大きなテーマである。 何か大きなことを成し遂げようとすれば、もとい、自分一人では到底どうにもならないことを成し遂げようとすれば、多くの「他人」が必要になる。「お前たち、仲間だよな?」という、脅しに近い同調圧力によって動く他人は数に限りがあり、そのうえエネルギーが薄弱で、それによって

『良いチーム』の考察——。民主制から衆愚制への転落

いつも考えている。良いチームと悪いチームは、何が違うのか。私はとにかく勝ちたくてサッカーというゲームをするわけだが、一方で「良いチーム」に所属することで、もしくはつくることで、幸せな状態を保ちたいという願望を持っている。サッカーをすることで苦悩ばかりを抱える人生は、子供時代に置いてきた。 では、良いチームとは、何か。 仲良しなのか、それとも少しばかりの緊張感があるのか。似た者同士の集まりなのか、それとも価値観が違うもの同士の集まりなのか。 今回は『想像力』という着地点を

結局ふざけていいのか?ダメなのか?——「勝利」を追求すればするほど必ず「楽しむ」に行き着く理由と根拠

サッカーという、ある種抽象的なスポーツの世界にいるからなのかもしれないが、時に「勝利」が邪険に扱われ、また時にそれに相対するようにして、「楽しい」や「幸せ」が邪険に扱われているのを目にすることが多い。そのような論争をみるたびに、僕はサッカーに従事する人間として、大きな危機感を覚える。 上記したように、「勝利」が邪険にされる代わりに「楽しい」が表に出て、逆に「楽しい」が邪険にされる代わりに「勝利」が表に出るような、そんなサッカーが日本で行われている限りは、僕は未来がないと思う

東京都大学サッカーリーグの大学生に向けて話した「マネジメント」の話

先日、日本滞在最終日に東京都大学サッカー連盟の学生に向けた研修において、ご縁があり、少しだけお話をさせて頂きました。研修のテーマが『チームマネジメント』でしたので、私もそれについて自分が考えるサッカーチームのマネジメントの視点から話をしました。 今回は、そこで話をした内容について実際に使用した資料と合わせて書くとともに、改めて考えたうえでの補足を加えてここにまとめます。 ・・・ 前提 上2つが実際に使用した自己紹介パートにおけるスライドです(一応載せてみます)。これを