音楽を捨てる音楽とは何か
10/6(日)に開催される「仏像作品展3」に向けて、現在曲作り真っ只中です。
曲作りには色々な側面があって、自分の現状を表すものや(私で言えば一本道!)、心に強い衝撃を受けたことを具現化したもの(私で言えばHAWAII!)、遊ぶように作った曲(ロックンロールハヤシライス!)など様々。
で、今回は「仏像作品展3」に因んだ曲。
即ち、メインテーマ「運慶快慶物語」と堅く深く結ばれた曲が最適だと考えています。
「運慶快慶物語」で最も伝えたいことは何か
「運慶快慶物語」で最も伝えたいことは、私が思うに覚悟と挑戦です。
平安時代後期〜鎌倉時代前期、当時は何の特徴もない、まるでコピーロボットのような仏像ばかりが蔓延していました。
(絵画:宇野一成氏)
しかし時代は荒廃していくばかり。そこで警鐘を鳴らしたのが運慶です。
「今、都で作られている仏像は、ただただ作られているだけの模造品で、今の世は救えない この末法の世を救えるのは、私たち慶派だけなのかもしれない。」
源平合戦真っ只中で、東大寺が業火で焼け崩れるほどの大混乱。
そこで慶派(運慶・快慶が属している派閥)が立ち上がり、僅か69日で創り上げた作品こそが、金剛力士像(阿吽像)というわけです。
私が思うに、当時は量産型コピーロボットのような仏像が主流だった時代に、8mもある巨大で力強く、また繊細で美しくもある仏像(=金剛力士像)が、たった2ヶ月で2体も出来上がった事実は衝撃だったでしょう。
感覚値で言えば、運慶と快慶(慶派)は時代背景など完全無視した革命児だったとも考えられます。
そして800年以上経った今でも(金剛力士像の完成は1203年)、焼け落ちることなく現存している昨今。
運慶の願いは人々の救い。快慶の願いは戦を止めたい(戦をしない)。
そんな二人が、当時大波乱・大混乱の真っ只中でも創り上げた、覚悟と挑戦こそが運慶快慶物語の芯となる部分なのでは、と私は感じています。
今までの音楽概念を捨てる
「仏像作品展3」の曲はまだ完成していません。てか1フレーズも定まっていません。
それは69日になぞらえて、わざと期限を短くしているわけではなく、単なる私の理解力不足で、そもそも運慶と快慶が何を伝えたかったのかを、頭だけでなく身体に浸透するまで時間がかかってしまっているからです。
平安時代っぽい音楽、鎌倉時代っぽい音楽を作ろうと思えばできるかもしれません。しかし、たぶんそういうことじゃない。そう感じています。
今までと同じ考え方で、曲を作ってはいけない。だけど玄人好みの音楽かと言われればそれもまた違う。
運慶と快慶だって、誰も理解できないものを創りたかったわけではなく、人々を救いたいだったり、戦を止めたいという芯なるものがあったと思います。
正直かなり苦戦しています。
今までの音楽技術や作法を捨てなければならないと思っていますからね。少なくとも私はそう感じています。
ではどうすればいいのか。音楽を捨てる音楽。ここが課題であり挑戦ですね。
流しレパートリー500曲も突破したし、わりと9月はおとなしいかと思いましたが、いやはや全然。微塵も落ち着かない。
残り1ヶ月。そして演劇もある。挑戦の日々。私は戦い続けます。ぜひ!!
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