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第10合『お酒に一升をかけ升』:酒役〜しゅやく〜
サークルの全体ミーティングを終え、俺たちはそれぞれ帰路に就く。
終電が迫るメンバーは最寄駅へと歩を進め、ここから家が徒歩圏内のメンバーは2次会へと足を運んだ。
代表であるソニアがオススメするイタリアンバルへ向かったのは、ソニアと俺。壇さんと藤山くんの4人。いや、ジミーこと辺土里くんもいたので5人だった。
イタリア人が選ぶイタリアンバルということで、期待は高まるばかり。
「着きましたよ」
ソニアが立ち止まった左手に、外装からオシャレを身にまとったイタリアンバルを確認した。
中に入ると、カウンター席に1組、テーブル席に2組、いずれもカップルと思しき男女が、愛の言葉かなにかをささやき合っている。
「ここは、デートで連れてきてもらいたいわ」
だれか連れてきて、という意味を含んだ壇さんの言葉に、我先にと男性陣が3人とも反応する。
その様子を、ソニアは冷たく、ただ見つめた。
俺は正直なところ、先のミーティング兼飲み会で満腹だ。他のメンバーもきっと、同じ思いだろう。
ほとんどイタリアンは食べられない。お酒やデザートならまだしも。
俺たちは残り1つ空いていたテーブル席に腰をかける。4人席だったので、自ずと「誕生日席」に、代表のソニアが座った。
「もう、なにも食べられへんわ」
デリカシーの欠けた藤山くんの言葉に対して、ソニアは、そんなことは分かっていると言わんばかりに返答する。
「ここでは、ドルチェを、食べる、つもりです」
「どるちぇ?」
ポカンとしている藤山くんの、横から壇さんが言葉を添えた。
「イタリア語で、『甘美な』という意味よ。私みたいにね」
「甘美……」
「私みたいな甘いデザートを食・べ・て♡」
藤山くんが「食べますっ!」の「……すっ!」と言い終えるのを待たずして、ソニアの右手が彼の左頬を捕らえた。
「それでは、ドルチェを、人数分、注文しますね」
ソニアの意見にみんなが同意し、しばらくすると、バニラアイスクリームが5つ運ばれてきた。
スプーンを手に取り、バニラアイスクリームを掬おうとしたとき、ソニアが、それを制した。
「なに? どうした?」
「このまま、アイスを食べるだけなら、ただの、グルメ小説に、なってしまいます」
「小説って、なんのこと?」
「これは、日本酒小説です。記念すべき、第10合(話)に、お酒が、出てこないなんて、おかしいでしょ?」
「なにを言ってるねん、さっきから」
「10合(話)で、1升(章)ですから、次回から、第2升(章)のため、ぶたいが変わるんです。今回が、1升(章)の最後の回ですからね」
とうとうソニアが、なにを言っているのか分からなかったが、ご都合主義小説らしく、気持ちを汲んでみることにした。
綺麗な女性店員さんが、日本酒のボトルを構えて、俺たちの前に置かれたバニラアイスクリームの上に、日本酒を掛けていく。
「こちら、『三諸杉 菩提もと純米』です」
日本酒の掛かったバニラアイスクリームを、一斉に口に運んだ。甘さが引き立ち、高級感が増したように感じた。
ソニアの感想はどうだろう?
「『ぼだいもと』は、奈良の、昔の、つくり方なのです。このまま、飲んでも、おいしいのですが、バニラアイスクリームに、掛けるところが、イキですね」
どこからともなく、「過去と未来のマリアージュです」と聞こえてきたと思ったら、ジミーが呟いていた。
「これで、日本酒小説らしい物語に、なりましたね。次回からは、第2升(章)です。お楽しみに!」
最後のソニアの言葉も、なにを言っているか分からなかったのだけれど、俺たちの日本酒物語は、どうやら、これからも続いていくらしい。