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【short story】風香
風香が家を出て行ったのは、昨日のこと。いまさら気付いたのだけれど、昨日は彼女の30回目の誕生日だった。
朝まで飲んで帰ってきた二人の部屋には、「さようなら」とだけ書かれた置き手紙と、すっかり酔いの覚めた僕だけが残された。
悲しみに暮れ、街をさまよっていると、やわらかな香りとすれ違う。
あわてて振り返ると、風になびく長い髪。後ろ姿。たしかに、風香だった。
やわらかな香りは、風に乗って、やがて消えていく。掴めやしないのに手を伸ばす。
「もう一度……」
僕は、後ろ姿に、声を掛けることができなかった。
風香は、そのやわらかな香りを内へ閉じ込めるかのように、隣を歩く彼の左腕に、髪をうずめた。