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第9合『ももももももも桃の酒』:酒役〜しゅやく〜

 俺たち日本酒サークルの全体ミーティング兼、飲み会は約2時間続いており、そろそろ終盤に差し掛かっていた。
 メンバーそれぞれが、気持ちよく酔っている様子が窺える。

「それでは、次を、最後のオーダーに、しましょう」
 代表のソニアが告げると、メンバーは同意する代わりに、数人が近くに置かれているメニューに手を伸ばした。
 最後の1杯を急いで決めようとは思わなかったのだけど、たまたま俺の左側に置かれたメニューには、だれも手を伸ばさなかったので、手に取ろうとした。すると、左隣に座る可愛らしい容姿をした同級生、ももちゃんと手が重なった。
 思わず、「あっ!」と色っぽい声がこぼれる。もちろん俺の。
「ごめん」と手を引くももちゃんの頬は桃色で、俺は、その照れているももちゃんに3.5秒ほど見惚れた。

「わたしね、いつもこのお店で最後に頼むお酒は決まってるの」
「じゃあ、なんでメニューを見ようとしたん?」
「坂倉くんに取ってあげようと思って……」
 ドキッとしたのが表情に出てしまったようで、ソニアをはじめ、周りにいるメンバーからの視線が冷たい。

 30種類以上載っている日本酒のメニューに目をやると、パッと最初に『八鹿 吟醸 桃』が目に留まる。
 俺の意識は完全に、ももちゃんに向いていた。
「マスター、ラストオーダーは『八鹿 吟醸の桃』をください」
 最後の注文に『桃』を頼むことで、ももちゃんへのアピールに繋がるはずだと信じて……

 俺の注文に、ちょっと待ったと言わんばかりに、ももちゃんは「わたしも同じものを」と注文を重ねた。
 男前のマスターは、自分は、ももちゃんのすべて知っているというような口ぶりで答える。
「やっぱりそうだよね。ももちゃんはいつも最後に、これを頼んでくれるもんね」

 メンバー全員のグラスにラストオーダーのお酒が注がれていく。
「えんもたけなわ、ですが、これからも、日本酒サークル、がんばっていきましょう。今日も、ありがとうございました!」
 通常の飲み会なら一本締めなどで終幕させるものだが、日本酒サークルでは、最後に代表のソニアが締めの言葉を告げ、乾杯をして終わるらしい。

 ももちゃんと同じタイミングで、『八鹿 吟醸 桃』を飲んだ。
 まるで桃のようにフルーティーで、ほんのり甘い味わいは、いまの俺の気持ちと重なる。ほんのり甘い恋に落ちているのだ。
「おいしいな」
 自然にこぼれた笑顔を、ももちゃんに向ける。
「おいしいね」
 ももちゃんもまた、自然にこぼれる笑顔を、こちらに向けた。
 このときばかりは、他にメンバーがいることを忘れて、二人だけの空間にいるようだった。
 こんな時間が永遠に続けばと思っていたのに、無情にもグラスの中は空になる。胃袋のバカ。

 メンバー全員がすべてのお酒を飲み終えたところで、伝票に記された会計を割り勘する。想像していたよりもずっと安く、大学生にも良心的な値段だ。
 あまりにも安かったので、計算間違いをしているんじゃないかと思い、こっそりソニアに聞くと、衝撃的な言葉が返ってきた。

「ももちゃんは、マスターの、彼女ですから、ももちゃんの分を、サービスしてくださっているんです。あ、坂倉くんに言っていませんでしたね」
 見れば、いつの間にか、ももちゃんはマスターの横に立ち、俺たちに手を振っている。
「また来てね!」
 マスターと、ももちゃんは声を揃えて、俺たちを送り出した。
 ほんのり甘かった味わいが、ほろ苦く感じた帰り道。

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