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第8合『責められる快感酒』:酒役〜しゅやく〜

 俺たち日本酒サークルの事務所でもある日本酒バーでは、全体ミーティングという名の飲み会が続いている。

 俺は、次になにを注文すればいいのか迷っていた。
 自分に見合った日本酒……わからない。頭を抱えていると、代表のソニアに言葉を投げかけられた。
「早く決めてください。早く決めないと、この章が、終わりますよ!」
 この章ってなんだ。
「早く決めないと、読者は逃げてしまいます! 『坂倉修三』から『優柔ふだお』に、かい名してください」
 読者? ふだお?
「しょうがない人ですね。これだけ私に言われても、決められないなんて、このじょうきょうを、喜んでいるとしか思えません。もう、私が決めます!」

 口髭を生やした男前マスターを呼んだソニアは、メニュー表を指さしながら、注文を告げた。
「『大倉の、どMブレンド』を、ふだおくんに」
 どM!?
「これだけ言われても、なにも反論しないなんて、どMですよ」
 俺は、あえて否定をしなかった。あながち間違っていなかったからだ。
「ついでに、私は、『大倉の、どSブレンド』を、ください」

 ソニアと、俺の前にグラスを置いた男前マスターは、もちろんレディーファーストで、ソニアのグラスからお酒を注いだ。
「ソニアちゃんのが『大倉の、どSブレンド』。それから、ふだおのが『どMブレンド』だね」
 随分愉快なネーミングをした、これらの日本酒。俺は、名前の由来を男前マスターに訊ねてみた。「どうして、こんな名前なんですか? だいぶと責めた名前やと思うんですけど」
「さすが、ふだお! いいところに目を付けたね。目の付けどころがフラットだね」
 シャープなギャグに、俺は苦笑いを浮かべる。
「そうなんだよ。責めてるんだよ」
「はぁい……」
「お酒を造るときに、搾る工程があるのは知ってるよね?」
「なんとなく」
「その搾る工程で最後に出てくる部分のことを『責め』と呼ぶんだけど、その『責め』の部分を集めてブレンドさせたのが、これらのお酒。まぁ、とにかく飲んでみてよ」

 ソニアと俺はグラスを交わし、一口飲んでみた。
 おいしい。濃厚なのにすっきりとしていて、とてもバランスのとれた味わいだ。これは飲み飽きをしなさそうだな。「ソニアはどう思う?」
「おいしいですよ。だけど、本当に、責めだけを、ブレンドしているのですか?」
 男前マスターは、ただ頬笑みを浮かべている。ソニアがどういう言葉を続けるのかを窺っているようだ。
「いっぱん的に、責めの部分は、雑味が多く、こい味わいが、とく長とされています。それなのに、こんなに、フレッシュ感が残っているなんて、すごいです」

 ソニアの感想を聞き終えて、ようやく男前マスターは、口を開いた。
「ソニアちゃんの言ったとおり、責めには雑味があって、高級なお酒では除かれるような部分なんだ。それなのに、集めてブレンドしてみると、バランスの整った素晴らしいお酒になる。大倉本家さんの企業努力だね。それから、おいしく感じる要素がもう1つ……」
 マスターは、軽く自分のアゴ髭に手を当て、ソニアと目を合わせ、微笑み合った。
「自分のイメージとよく似たお酒は、おいしいんだったよね」
 ――俺は急に恥ずかしくなり、頬を赤らめた。だけど、なんだか嬉しく感じる自分も、そこにいた。

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