山畑和氣 こんな人です 自己紹介 その4 山畑式量子氣功心身鍛錬メソッド
さて、第4回にして、よーやく「山畑式量子氣功心身鍛錬メソッド」が登場します。
僕のここまでの仕事人生で、
「気功」
に接することはありませんでした。
どちらかといえば、
スピリチュアルとは正反対の
白黒が理屈と理論でハッキリした
ITの世界が長かったので、
まさかスピリチュアルを仕事にする
とは夢にも思っていませんでした。
ただ、今になって思えば、
仕事も極めればスピリチュアルを無視しては
存在できない、ということがわかりました。
船井幸雄さん
稲盛和夫さん
といったビジネス界の超大物の先達が
スピリチュアルを公言していますし、
こういった先生に師事する経営者も多いです。
なんのためにビジネスをするのか
↓
なんのために生きるのか
↓
自分とはなんだ?
こういった疑問をつきつめていくと
自分が本当に生きる意味とは?
ということを考えざるをえなくなります。
普通の経営者、ビジネスマンは
そんな余裕を持つことが難しいですが、
年を重ねた経営者や
きちんと自分のことを考えるビジネスマンは
スピリチュアルを無視できなくなるのだと思います。
僕は、余裕のない経営者だったので、
そんな「自分とは何だ?」なんて
疑問を持つことは全くなくて、
眼の前の仕事をこなす毎日でした。
社員も増え、事業は拡大していましたが、タフな人間関係と、あまりのハードワークに精神が参っていきました。
ストレスからの過食、いくら飲んでも酔わないので酒量が増え、夜は眠れない。
典型的なうつ病になっていました。
事業拡大のための多額の借金があり、社員を抱えた身。家族もあるし、やらなくてはいけない事が山積みなのに、布団から出られない、気力が出ない、お客様と会っても言葉がでない・・・
もうダメだ、人生おしまいだ
保険金で精算するしかないか、と思い詰めていたある夜・・・
眠れないまま布団に入っていたその時、
自分の周辺がパァーと明るくなり、暖かな白い光に包まれました。
これ、もしかしてあの世に行くの?
と思ったほど、とてつもなく温かい光が私を包みました。
その光の中から
「私が助ける」
という言葉が聞こえてきました。
その時、子供の頃実家でみた祖父の写真の顔が何故か頭に浮かびました。
朝になり、そのことが忘れられず、久しぶりに実家に戻ってみました。
そこでから祖父が高名な治療師であり、多くの人々を救い、教えを残していたことを知りました・・・これが新たな人生の扉を開くきっかけとなりました。
しかもかなり高名だったらしく
国会図書館に著作が収められている、
というのです。
祖父は僕が生まれる遥か前
母が嫁ぐ前に
亡くなっていますので、
直接の面識はありませんし、
父も祖父の話はほとんどしなかったので
どんな人物かは知りませんでした。
自分の祖父が気功師で
自分が気功に興味を持つ
これは、祖父のお導きとしか
思えなかったです。
当時私は、うつ病の薬は飲みたくなかったので、カウンセリングや気功、TMS療法などを研究して試していました。
その中で私が学び研究していた「氣光」と最新物理学である量子論が、山畑式心身鍛錬法を現代に対応するものにできることがわかり、山畑式心身鍛錬法と氣光、量子論を融合させたメソッドを開発、うつ病の治療にあたりました。
全く疑問はわかず、これを信じてやるのみ、
と治療を始めてわずか3日。
頭の中が、スーと晴れ、視界が明るくなりました。
無気力だった身体にも力がでてくるようになり、
1週間すると、夜も眠れるようになり、過食もなくなっていました。
そんな夜、再び先日のような光に包まれる体験をしました。
今回は、祖父の顔がハッキリみえます。
「お前が救える人々がいる・・・」
朝目覚めた時、解りました。
私がうつ病になったのも、祖父の心身鍛錬法に出会ったのも、これからこの秘法を広め、人々のおやくに立つためだと。
私は、2代目として心身鍛錬法を継承、
令和の時代に合わせ
ストレス社会で増加するメンタル不調
情報過多社会における心身疲労
ストレスフルな現代社会に対応した
心身鍛錬の具体的メソッドを伝授、
さらに量子論に基づいた氣の操術で、潜在能力を開花させ、願望を実現する幸福な人生をスタートさせるお手伝いを始めました。
思えば、氣やスピリチュアルとは
全く無縁だった僕が
今、氣の仕事をしている。
この1点だけでも、
生命は
自分ひとりのものではなく
ご先祖様から繋がっていて
これから次世代に引き継いでいくものだ
と思います。
今、時代は大きく変わろうとしています。
皆が、本当の自分に気づき
自分が心から望む人生を送ることができれば
心からの幸せにつながると思います。
そのお手伝いをできれば、と思っています。